『関心領域』で何よりも恐ろしい“当たり前の事実” ジョナサン・グレイザーの演出を考察

 すなわち耳から入ったあのいくつかの“音”は、そっくりそのまま記憶に定着することはない一方で、この映画を観ている時に受け手が頭のなかに構築して思い浮かべた光景は、それと明らかに対になるヘス一家の生活ぶりと相まって恐怖へと変換されるということである。ヨーロッパに限らず観客に底知れぬ不安感と不快感を与えて嬲って楽しむような露悪的な映画表現をする作家は少なからず存在しているが、グレイザーの場合はそうではないだろう。限りなくドライに画面づくりを行ない、受け手が自動的にその外を想像してくれているのだと心から信頼しきっているのだから。

 題材的にもこうした作り方をする作品として、ネメシュ・ラースローの『サウルの息子』を思い出した人は少なくないだろう。こちらはアウシュビッツ収容所の内側で、死体処理を行なうユダヤ人のゾンダーコマンドの男性を主人公にした作品であり、狭小な画面比のなかで主人公の視線と表情によってその外側の出来事の残虐性を物語る。またもうひとつ、筆者が“想像する”手助けとなったのはアラン・レネの『夜と霧』である。どちらも思い出しただけで気が滅入るような作品であるが、今回の『関心領域』も含め、それを思い出さなければならない情勢が現在進行形で起きていることのほうがよっぽど気が滅入るものだ。

 クライマックスで突如としてインサートされる現代のパートは、人間が決してすべきではない所業を自覚したルドルフ・ヘスが、ある種その先を“想像した”ものとして受け止めることもできる。そこに一縷の希望のようなものが見出されながらも、結局のところ事は起きてしまうのだと受け手の誰もが知っている。この映画で何よりも恐ろしいことは、“彼ら”も一人の人間だったというあたりまえの事実にほかならないのだ。

■公開情報
『関心領域』
新宿ピカデリーほかにて公開中
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
原作:マーティン・エイミス
撮影監督:ウカシュ・ジャル
音楽:ミカ・レヴィ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2023年/アメリカ・イギリス・ポーランド/原題:The Zone of Interest
©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
公式サイト:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/
公式X(旧Twitter):@ZOI_movie

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