石田ゆり子は『虎に翼』でまさしく“聖母”だった 物語を牽引した“微笑み”の数々

 「こうして最後の敵を倒した寅子は、無事、地獄へのキップを手にしたのでした」尾野真千子のナレーションが被さる。だが、この時点で第5話、まだ第1週である。普通のドラマなら、このエピソードにもっと尺を取ると思われる。だが、この件がこれだけ早く片付いたということは、本当の敵はこれからどんどん現れるであろう。そしてはるが言うように、これからが本当の地獄なのであろう。そのように予感させられ、事実寅子やその仲間たち(魔女5)は、次々と地獄に直面する。

 寅子の味方となってからのはるは、表情も柔和になり、石田ゆり子本来のかわいらしさが垣間見えるようになった。そしてそのかわいらしさは、本来の猪爪はるの姿でもあるだろう。序盤のはるは、喜怒哀楽の「怒」成分多めだった。だが寅子の理解者となり、喜びや悲しみを全面に表すようになってからのはるは、魅力3倍増しだ。

 共亜事件の疑惑が晴れた夫・直言(岡部たかし)が、逮捕前に約束していた映画に改めて誘ったシーン。張りつめていた糸が切れたように、彼女は泣く。直言にしがみついて、大声を上げて泣く。幼い子供のような、全力の号泣だ。結婚してから20年以上、常に「スンッ」として良妻賢母を演じてきた彼女である。夫に甘える時期もあまりなかっただろう。20数年ぶんの気持ちがこもった泣きだ。桂場にキレた時もそうなのだが、一見お上品な石田ゆり子が感情を爆発させた時こそ、彼女の魅力が最大限に発揮される。

 司法浪人生の下宿人・優三(仲野太賀)が高等試験断念を告げた際、「よくここまで頑張りましたね」とねぎらう。その時の微笑みは、聖母のようだった。微笑んだ後、はるも涙を流す。優三はただの居候であり、血縁関係はない。そんな赤の他人の悲しみや悔しさに寄り添える彼女は、本当に聖母だ。後に寅子が、成り行きで戦災孤児・道男(和田庵)を家で預かることになる。スリや置き引きの常習犯で態度も悪い道男の突然の同居に、家族全員困惑顔だ。当然である。そんな中、はるだけが道男を家族として扱う。やはり聖母だ。

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 優三の戦病死をまだ受け入れられない寅子に、はるが「思い切りぜいたくをして来なさい」とお金を渡すシーンも、名場面だ。「これ以上心が折れて粉々になる前に、お願いだから立ち止まって、優三さんの死とゆっくり向き合いなさい」。その際に回想で挟み込まれる各々のぜいたくが、花江(森田望智)がお酒であるのに対し、はるはぼた餅であるところが興味深い。あの舌戦以来あまり仲の良くない桂場とも、実は仲良くなれるかもしれない。同じ甘党同士として。

 朝ドラにおいては、しばしば主人公の両親の死がドラマチックに描かれる。物語上、そこがひとつの山場であることはわかる。だが、はるのいない猪爪家はどうしても想像ができない。寅子の想像の中で犬になるはる。花岡(岩田剛典)の婚約を聞かされて、無表情でよろめくはる。死の間際の夫の終わらない白状を聞いてる際の、なんかすっぱそうな顔(呆れ顔?)のはる。ライアン(沢村一樹)に「てっきり(寅子の)お姉さまかと」と言われて、照れ悶えるはる。たまに見られる彼女のさり気ないコメディエンヌな面を、楽しみにしている人間もいるだろう。どうか僕たちの朝の楽しみを、奪わないでもらいたい。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、岩田剛典、戸塚純貴、松山ケンイチ、小林薫
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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