『ブギウギ』を通して“蘇った”笠置シヅ子 趣里=福来スズ子は“万華鏡”のようだった

『ブギウギ』を通して“蘇った”笠置シヅ子

 この半年、朝な夕な、服部良一メロディが筆者の頭を駆け巡っていた。NHK連続テレビ小説『ブギウギ』だからブギかと思えば、ジャズの「ラッパと娘」が浮かんでくることのほうが多かった。トランペットと拮抗するような挑発的なメロディを、『ブギウギ』を通して知ることができたことは収穫であった。

 昭和のスター歌手・笠置シヅ子に詳しい人や同時代人ばかりではない。笠置シヅ子といえば「東京ブギウギ」「買物ブギ」、映画『醉いどれ天使』のおかけで「ジャングル・ブギー」くらいしか知らない人も多いだろうし、まったく知らない人も令和にはいるだろう。
『ブギウギ』は生涯、ほぼ、服部良一の曲しか歌わなかった一途な歌手・笠置シヅ子をモデルにした福来スズ子の物語である。

 最終回の直前、スズ子が歌手を引退することを決意し、羽鳥に「ワテ、先生の作られた歌だけ歌ってきましたんやで」「先生の作ってくれた歌だけ歌いたかったんです」と語ったときは驚いた。

左から、福来スズ子(趣里)、羽鳥善一(草彅剛)。 スズ子の家・居間にて。お互いに対する思いを語り合うスズ子と善一。

 ドラマでは服部良一に当たるのは羽鳥善一(草彅剛)である。実はスズ子がこれまで羽鳥の歌しか歌ってこなかったという事実を、クライマックスではじめて口にすることで、羽鳥の驚きと、それだけスズ子と羽鳥の関わりが強く深かったということを表現したのだろう。
さらに、笠置の自伝や評伝に記された「人形遣いと人形、浄瑠璃の太夫と三味線のように切っても切れない間柄」と思っていたという言葉から「人形遣いと人形」をセリフに取り入れている。

 「人形遣いと人形」という笠置の言葉の真意は、自伝で「今後の私の死命も先生の掌中にありといってよいのです」という特別感を強調したような、あるいは頼りにしてまっせ的な口ぶりや、一転して「(前略)先生の持論を試す試験台でもあったようです」という冷めた口ぶりなどから、いかようにも解釈できるだろう。

 笠置は、未入籍ながら子供まで成した吉本穎右のために歌手を引退してもいいとすら思いつめるくらいの愛情深い人なので、服部“先生”の理想の音楽のためにこの身を捧げることこそ喜びであり、最もその成果を出せた存在としての矜持もあったのではないかとも思えるのだ。

 自伝では、それだけ関係性が強かったからふたりの仲を世間に疑われたということも書いてあり、謙遜しつつ、やや自慢している(いまでいうマウント)印象も受ける。ただ、自伝というものは客観性がないのですべてを鵜呑みにできない。

 では、他者の視点で書いた評伝ではどうか。現存する笠置に関する書籍のなかでおそらく最も読まれているであろう佐古口早苗の評伝(『ブギの女王・笠置シヅ子』ドラマの原案とも謳っている)では、笠置への多大なリスペクトが感じられ、その人生をひじょうにドラマティックに、感動的に書いてあり、読むと背筋が伸びたり胸が熱くなったりする。でもこれだといささか盛っているようにも感じるのだ。評伝もどうしたって作家の個性や狙いが出るものなのだ。

 話を笠置の自伝に戻そう。本人の手記のほかに、林芙美子、旗一兵、服部良一、榎本健一と錚々たる4人の関係者の手記が載り、補完がされている。榎本は、ドラマで生瀬勝久が演じたエモケンのモデル的な人物と思われる。もちろんこれらも本人の自伝に載るのだからご祝儀的な部分はあるだろう。

 そんななかでもっともバランスがいいと感じるのが旗の文章だ。映画や演劇の評論家である彼は笠置を神格化することなく、彼女の両義性を解いている。ちなみに、ドラマにもスズ子を執拗に追う記者・鮫島(みのすけ)が出てくるが、旗とは無関係そうだ。

 さて、昨今、引用という行為は、発言者の真意が変わってしまう「切り取り」の危険性もあるためはばかられるが、旗の書いた、笠置のきれい好きな性分によって、様々な男性たちが彼女に「割り切られて整頓された」という説はひじょうに興味深かった。「整頓」とはまるでネットミームの「倉庫行き」みたいである。

 『ブギウギ』のスズ子も、母親ツヤ(水川あさみ)ゆずりの義理と人情を大切にしている面があるわりに、一度離れた人たちには妙にあっさりしているところもあって(作劇の都合もあるだろうが)、来るもの拒まず、去る者追わずの人なのかなと感じたものだが、旗の評を読むとなるほどなあと思う。が、旗が羅列した笠置の特性があまりにも多岐、雑多で、一貫性がなく、文章を読んだだけでは一本の像に結びつけるのが難しい。

 が、それゆえに、あの、陽気に歌って踊って、親しみやすそうな大阪のおばちゃんのような、太陽のような笠置シズ子のアイコンとは違う意外な顔を暴いているところに、同業者として尊敬を覚える。

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