趣里はスズ子として『ブギウギ』を生き抜いた 最初から最後まで物語を貫いた“身体表現”
作劇論のひとつに「台詞は嘘をつく」という掟がある。なんでもかんでも本音を喋ってしまうのは野暮だということだ。台詞ではなるべく語らずに、あるいは思っていることの逆を言わせる。そして代わりに身体のどこかで語らせる「パントマイム法」というテクニックがある。『ブギウギ』はこの手法を多用していた。
たとえば、水城アユミ(吉柳咲良)が年末の『オールスター男女歌合戦』で「ラッパと娘」を歌いたいと申し出たとき、スズ子は悩んだ末に受け入れる決心をする。りつ子(菊地凛子)に発破をかけられ「ワクワクした気分になってきてしまいましたわ」と答えるスズ子。しかし、次のシーンでは少し様子が違っていた。
スズ子は、西陽が差す日帝劇場の稽古場で、自分の「ラッパと娘」のレコードを聴いてみる。かつて羽鳥から〈楽しいお方も〉の出だしに500回ダメ出しを食らったあの稽古場だ。昔の記憶が蘇って、少し足を動かしてみるけれど、四十路を過ぎたスズ子はもうあの頃のようには踊れない。最後に小声で漏らした「あの子は、どんなふうに歌うんやろ」という好奇心に偽りはないのだろうが、それだけではない、もっと複雑な、相反するいくつもの感情が渦巻いていることが、スズ子の表情と体の動きから伝わる。もしかしたらこの時点ですでに、「引退」という文字がスズ子の脳裏をよぎっていたのではいかと思えてくる。この「ほろ苦さ」がたまらない。
「『ブギウギ』の身体表現」を、草彅剛演じる羽鳥善一の「表情の芝居」抜きに語ることはできないだろう。台詞で気持ちを説明することの少ない本作で、「歌」と同じぐらい重要な役割を果たしていたのが演者による「表情」。なかでも草彅の演技は特筆すべきものがあった。
尽きせぬ音楽への愛と、同じぐらいの量で持ち合わせている業(ごう)。少年のような純粋さと、狂気にも似た偏執。羽鳥善一という、一筋縄ではいかない多層的な人物が抱えるいくつもの感情。それらが混濁する瞬間を、草彅は表情と佇まいだけで見事に演じ分けていた。
特に第125話で、羽鳥とスズ子がバディとして歩んだ長い道のりをふり返り、対話をするシーンでは、両者の「表情演技合戦」がとんでもない境地に達していた。「僕は、いつしか君に嫉妬していたんです」「ワテはいつまでも先生の最高の人形でおりたかったんです」と、互いに自らの心の奥に問いかけて出てきた偽らざる思いを吐露するこの場面では、羽鳥とスズ子の来し方すべてが、表情と身体に乗っていた。2人は、刀で切ったら血が出る生身の人間、すなわち本当に「生きている」羽鳥善一と福来スズ子を演じ切っていた。
最終回のラストシーンは、スズ子の「いつもの朝」で終わった。家族とともに朝食をとりながら穏やかな時間を過ごすスズ子。食べて、笑って、生きる。歌手を引退しても、スズ子の人生はまだまだ続く。福来スズ子はこれからもずっと、「生きていく」。
参照
※ https://maidonanews.jp/article/15027323
■放送情報
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:趣里、水上恒司、草彅剛、蒼井優、菊地凛子、生瀬勝久、小雪、水川あさみ、柳葉敏郎ほか
語り:高瀬耕造(NHK大阪放送局アナウンサー)
脚本:足立紳、櫻井剛
制作統括:福岡利武、櫻井壮一
プロデューサー:橋爪國臣
演出:福井充広、鈴木航、二見大輔、泉並敬眞、盆子原誠ほか
音楽:服部隆之
主題歌:中納良恵 さかいゆう 趣里 「ハッピー☆ブギ」
写真提供=NHK
公式サイト:https://nhk.jp/boogie