『落下の解剖学』さまざまな感情を揺さぶる見事な脚本 真相が読めない極上のミステリー

 ザンドラ・ヒュラーによる余白と緩急を使った見事な演技にも注目したい。冒頭の論文執筆のためにインタビューにやって来た女子学生に対し、話を遮り逆に質問をする場面。とても楽しげな雰囲気で会話をしているのだが、のちに裁判では証言としてその会話が利用されてしまったりする。法廷では自身の言葉が他人の誘導により違う解釈をされてしまう出来事が数多く訪れる。その時のヒュラーの表情や立ち振る舞いは、彼女の立ち位置が二転三転する不安や不穏な気持ちを絶妙に表現していた。

 息子のダニエルを演じたミロ・マシャド・グラネールの演技も見事だった。視界が極度に制限されているダニエルの状況を見事に表現しており、法廷で明らかになっていく今まで気がつくことがなかった家族のいびつさ、秘密を知り両親の愛が衰えていた真実を受け止めていく。先が読めない展開が続き困惑する表情は、状況を部分的にしか知ることのできない我々観客ともどこかリンクしていた。彼の強い思いが裁判の決着に重要な役割を担うことになるので是非見届けてほしい。

 過度な感情表現を抑えて淡々と物語は進んでいく。しかしそれこそが真相が読めない雰囲気を見事に演出しており、そこにキャストの名演が重なり重厚ながら心に響く作品となっている。きっと共感するキャラクターは鑑賞者ひとりひとり違うはず。思わず誰かと語りたくなる一作だ。

■公開情報
『落下の解剖学』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
配給:ギャガ
原題:Anatomie d'une chute/2023年/フランス/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/152分/字幕翻訳:松崎広幸/G
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
公式サイト:gaga.ne.jp/anatomy
公式X(旧Twitter):@Anatomy2024

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