『哀れなるものたち』が映し出す“現在”の問題 奇妙な物語と過激な描写を通して伝えること
本作における女性への抑圧が、最も強烈なかたちで象徴されるのが、「女子割礼」とも呼ばれる、“陰核の強制切除”だ。これは、主にアフリカや中東などで、いまだに風習となっている地域があることで、以前より人権侵害であると国際的な場で指摘されている問題である。これもまた、批判に対して“地域の独自性”、“多様性や歴史の尊重”などを盾にして批判の声を押しとどめようとする構図があるが、それを受けなければならない女性の立場になってみれば、暴力的な行為だと言わざるを得ない。
このように本作は、過激に見えるシーンを連続させながらも、主に女性と自由意志、性的行為にまつわる社会のさまざまな問題を、急激に成長していくベラの目線から描くことで、女性が女性として権利を勝ち取っていく姿を描いているということが理解できる。そして彼女は、最終的にさまざまなものを客観的にとらえる知性を獲得したことで、より俯瞰した視点から“自由意志”を行使するのである。
そして同時に、一般的に性表現そのものに異を唱えていると誤解されがちな「フェミニズム」の性質が、基本的には性的な事柄や過激な表現そのものを排除しようとするものではなく、性的な部分でも女性の尊厳が失われないようにしようとする考え方が本分になっていることを、実際に過激描写満載でフェミニズム映画を成立させた本作自体が物語っているといえるのである。
また、本作がフェミニズムをテーマにしている大きな根拠だといえるのは、フランケンシュタインの要素を設定に利用していることからも理解できる。ベラの父親代わりとなった外科医「ゴッドウィン・バクスター」の名前は、1818年にフランケンシュタインの小説を書いた女性作家メアリー・シェリーの父親の姓と、メアリーが一時身を寄せることになる父親の知人の姓を組み合わせたものとなっていることから、若くしてフランケンシュタインの小説を完成させた天才的な作家メアリー・シェリーに、本作の意識が向いていることが分かる。
それを知った上で、本作の内容を見ていくと、本作のベラの物語が、メアリー・シェリーの生涯に重ねられていることに気づくのである。メアリー・シェリーの母、メアリ・ウルストンクラフトは、著書『女性の権利の擁護』を書いた、「フェミニストの先駆者」と呼ばれる女性であり、内縁の夫の裏切りに遭い、橋の上からテムズ川へと投身自殺をはかったことがある。そして、娘のメアリーが生まれてすぐ、命を落としている。
実の母を亡くした幼少期のメアリーは、父親の蔵書を数多く読んで、読書に没頭しながら育った。そして詩人で妻帯者のパーシー・シェリーと駆け落ちし、外国への駆け落ちも経験している。ここまでの符号が見られれば、メアリー・シェリーにまつわる出来事が、本作のストーリーに強い影響を与えていることは明らかだ。
船旅のなかで、本の世界に刺激を受け、ラストシーンでも、自分の時間を読書に費やしているベラの姿を見ると、彼女が真に望んでいたのは、おそらくはメアリー・シェリーと同じようなものだったということが理解できる。もちろん、女性それぞれにとって理想とするものは異なる。だから本作は、全ての女性がそれを模索する自由と、身勝手な抑圧の犠牲にならない自由を得る必要があるということを、この奇妙な物語と、過激な描写を通して伝えているということなのだ。
■公開情報
『哀れなるものたち』
全国公開中
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフほか
原作:『哀れなるものたち』(早川書房刊)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2023年/イギリス/原題:PoorThings
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