『ファミリー・スイッチ』から学ぶ“クリスマス精神” 愛する人のために何ができるのか?
もう一つ、クリスマスの精神として重要視されるのは、善行を施すということ。文豪チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』に代表されるように、自分のことばかりを考えて生活しがちな人たちでも、この日ばかりは自分以外の人のために何かをするということを意識しようという呼びかけがなされる。その意味で本作における人格スイッチは、“相手の身になって考える”というクリスマス精神を体現しているといえよう。
このようにクリスマス精神とは、あくまで奉仕と家族愛が中心となっていて、ツリーやケーキ、ターキーやプレゼントなどの要素は、それらを盛り上げるアイテムでしかない。こういった確固たる価値観があるからこそ、クリスマス映画は、ある種保守的でありながら、力強いテーマを打ち出せるのである。
そしてキリスト教徒でなくとも、このような精神を尊ぶことはできるはずだ。だからこそ日本でも、かたちや雰囲気だけ西洋の真似をするのでなく、その本質的部分にこそ注目してもらいたいと思う。多くの市民が生活に余裕がなくなり、一人ひとりが厳しい状態にあるいまこそ、自分以外の人たちに思いを馳せることが重要になるのではないか。
じつは本作『ファミリー・スイッチ』には、基となった作品がある。エイミー・クロース・ローゼンタール著の児童書『Bedtime for Mommy(原題)』である。面白いことに、この作品のストーリーは、本作の物語とはほぼ何の関係もない。幼い女の子が、遅くまで起きている母親をベッドまで連れて行って、物語を読んであげるなど世話を焼いて寝かしつけるといった内容で、心温まるオチも用意されている。本作との表面的な共通点を強いて見出すとすれば、“親と子の立場が入れ替わる”といった要素しかないのだ。
Netflixの説明によれば、「『Bedtime For Mommy』から着想を得たヴィクトリア・ストラウスによる脚本をアダム・スティキエルがアレンジ」しているのだという。おそらく、最初の脚本家が基の作品を改変した上に、もう一人の脚本家がさらに肉付けをしたり内容を変化させていく間に、基の要素がほとんど消えてしまったということなのだろう。脚本家の創造性が尊重されるアメリカ映画界では、往々にしてあることである。(※1)
だが、本作と『Bedtime For Mommy』との間には精神的な繋がりが存在する。それは、家族のために自分のできることをしたいという思いやりこそが、世の中には必要だといったメッセージの存在である。そして、そういった優しさこそが、真に“家族”を作り上げるのではないだろうか。
絵本作品『おかあさんはね』など、日本でも好評を得ているエイミー・クロース・ローゼンタールだが、彼女は闘病の末、2017年にこの世を去っている。驚くことに彼女は、自分の死期を知った後に、ニューヨークタイムズに「私の夫と結婚しませんか」というコラムを寄稿している。自分の愛する伴侶が、この後の人生を楽しく送れるよう、彼女はすすんで新しい結婚相手を探す手助けをしたのである。(※2)
これは極端な決断だと思う人もいるかもしれないが、このように最愛の人に対して自分ができることをするという考え方は、『Bedtime For Mommy』などの著作に触れている読者であれば、理解できるところなのではないか。そしてそれは、前述したようなクリスマス精神とも接続されている部分があると考えられる。自分は、自分が愛する人に何ができるのか。そんなことを考えながら、本作『ファミリー・スイッチ』を楽しんでほしいし、精神的に充実したクリスマスを過ごしてほしい。
参照
※1. https://about.netflix.com/ja/news/emma-myers-and-brady-noon-join-netflix-comedy-film-family-leave
※2. https://www.huffingtonpost.jp/2017/03/15/amy-krouse-rosenthal_n_15377884.html
■配信情報
『ファミリー・スイッチ』
Netflixにて配信中
Colleen Hayes/Netflix © 2023.