ロバート・ロドリゲスからの挑戦状!? 『ドミノ』鑑賞前に押さえておきたいこと

 『アリータ:バトル・エンジェル』と同じ原作者によるアニメーション映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)では、人々が脳を機械化し、デジタル情報に直接アクセスできるようになった近未来を描いていた。そこでは、他者によるハッキングによって人間の認知する世界そのものを書き換えてしまうことがあり得るという恐怖が表現された。自分の生きてきた過去の記憶全てが、誰かによって捏造され植え付けられたものだと分かったとしたら、それはその人の世界が崩れ去ったのと同然だ。

 生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルは、動物の行動研究を通して、動物の種や、動物のそのときの状態によって、目の前のものを全く違うものとして知覚するという事実を突き止めた。同じようにわれわれ人間もまた、視覚、聴覚、触覚などを司る「感覚器官」を通し、自分の脳で世界のほんの一部分を感じて理解するしかない不完全な存在だ。われわれは制限された機能を超えて、真実の“世界”をありのままに知覚することはできない。

 この知識を応用していけば、人間を操ることなど造作もないのかもしれない。詐欺や悪徳商法などに人々があっさりと騙されてしまうことがあるのは、騙しのテクニックが、このような人間の不完全性につけ込む性質を持っているからだと考えられる。

 合法的な活動から犯罪行為まで、これまでさまざまな国家や企業、団体などが人々の心理を利用し、利益に繋げてきた歴史がある。本作に登場する謎の男が、思うままに人々をコントロールしていたように、現在もわれわれは、SNSや動画サイトなどに蔓延する不確かな情報を基にした煽動で、人々が簡単に乗せられ意のままに操られてしまう状況を目の当たりにしている。

 この事情を踏まえれば、本作の内容は、ある意味で非常にリアリティがあるということに気づくはずだ。自分たちが見て、感じていると思っている世界が、じつは誰かにとって都合良くねじ曲げられているのではないか。そして自分自身のためと思っている行動もまた、何者かの利益のためにただ誘導されているだけなのではないか。われわれは、そういう疑心暗鬼の現実を生きているのである。

 「サスペンスの帝王」アルフレッド・ヒッチコック監督の作品も、認知の不完全さを利用し、観客の心理をコントロールすることに長けていた。本作でヒッチコック作品を意識したというロドリゲス監督もまた、観客を思うままに誘導しようと、劇中に“罠”をいくつも仕掛けている。

 本作の原題「Hypnotic(ヒプノティック)」は、「催眠術」を意味する言葉だ。監督はこの暗示によって、観客に一種の“挑戦状”を叩きつけている。観客に催眠をかけ、虚構の迷路へと誘うという宣言を、あらかじめおこなっているのである。日本でのタイトルは『ドミノ』となったが、「冒頭5秒、既に騙されている」というキャッチコピーを宣伝が提示することで、同じ効果を作り出していると感じられる。

 そして本作は、そういった映画の“虚構性”をも劇中で強調することになるだろう。劇映画の多くは、セットやメイク、撮影や編集技術などを駆使して表面を取り繕い、奥行きのある世界がそこにあるように見せかけるトリックに過ぎないのだ。

 つまり本作では、映画が提供する映像や音声をただ享受するのでなく、作り手が仕掛けるゲームに能動的に参加し、観客自身が虚構を暴こうとする姿勢が求められるのである。前述したように、人間の感覚器官は信用ならないものだ。目で見たもの、耳で聴く情報だけに頼っていては騙されてしまうだろう。その事実に気づかせることで、監督は「映画とは何なのか」という問いをも、ある意味で哲学的な領域で観客に考えさせることになる。

 映画とは何なのか。そして世界とは何なのか、社会とは何なのか。あらゆる罠が張り巡らされた現実で、最後に頼りになるのは自分自身だ。他人が作り出した考えを鵜呑みにしていると、いつかは好き勝手に思考や行動をコントロールされてしまうことになる。だからこそ自分の頭で無数の情報を整理し、真贋を見分ける力が必要となるはずだ。

 誰にも侵されない、真に“自由な生き方”とは、自分自身が思考し続ける先にしかない。本作『ドミノ』は、自分の人生を生きるために、真に重要なものが何かを教えてくれる一作なのだ。

映画『ドミノ』予告編

■公開情報
『ドミノ』
10月27日(金)より、全国ロードショー
監督:ロバート・ロドリゲス
出演:ベン・アフレックほか
提供・配給:ギャガ、ワーナー・ブラザース映画
原題:Hypnotic/94分/アメリカ映画/英語/カラー/シネスコ/5・1chデジタル/字幕翻訳:松浦美奈/G
©2023 Hypnotic Film Holdings LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:gaga.ne.jp/domino_movie
公式X(旧Twitter):@domino1027

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