『ムービング』が“地に足をつけた”ドラマとなった理由 スーパーヒーロー作品との類似点

 物語のもう一つの軸は、暗殺者の襲撃だ。アメリカのオハイオ州からやってきたというフランク(リュ・スンボム)は、1990年代に韓国の国家安全企画部によって編成された、超能力者たちによるブラック・オプスチーム……つまり秘密作戦部隊に所属していた者たちを訪ね、一人ひとり殺害していくのである。フランクの目的やキャラクターは徐々に明かされていくことになるが、バイオレンスシーンが苦手な視聴者には薦めにくいほどに、彼らの戦いは熾烈を極め、容赦のない命の取り合いとして表現されている。

 そして忘れてはならないのが、超能力が継承された親子たちの物語だ。親たちはそれぞれに子どものことを思い、一般人として日常生活に溶け込もうとする。そして、あらゆる犠牲を払っても子供の命を守ろうとするのだ。この親子の結びつきが、シリーズ全体にエモーションと強い目的を与えているものと考えられる。

 超能力学園青春ドラマと、超能力バイオレンスバトル、そして超能力を持った家族の物語……。同じように人智を超えた能力を題材にしながら、全く異なる世界観を交互に描いていくのが、本シリーズの趣向なのである。だが前述したように、これらはただバラバラに描かれていくのではなく、徐々にその内容が接近を見せ始めることになる。このように、全く違うテイストが配置されるといった試みは、視聴者に嫌な予感をおぼえさせることになるだろう。ボンソクが母親と団欒したり、ヒスとの距離が縮まっていくような微笑ましい描写が描かれれば描かれるほど、陰惨で残忍な戦いの影が忍び寄ってくる恐怖が、より大きくなっていく。異なった線と線が交差するかもしれない状況に、エピソードが進むにつれてハラハラさせられるのだ。

 また、エピソードが進んでいくに従って意識させられるのが、スーパーヒーロー作品との類似点である。さまざまな能力を持つ人々が戦うことになる展開は、まさにアメリカンコミックの世界観である。ただ、そういった物語はアメリカの専売特許というわけではない。原作者のKang Fullは、香港の小説家・金庸の武侠小説に大きな影響を受けているという。さまざまな英雄たちが活躍する内容は、まさにアメコミにも通じるところがあるのだ。(※)

 とはいっても本作を観ていると、『ファンタスティック・フォー』や『X-MEN』のようなマーベル・コミック作品をどうしても想起してしまうというのは、その内容が、マーベル・コミックの多くのヒット作のストーリーを担当していたスタン・リーとの作家性に繋がるところがあるからだろう。以前、「ドキュメンタリー『スタン・リー』から学ぶ“成功の秘訣” 偉大なクリエイター誕生の背景」に書いたように、スタン・リーは身のまわりの問題や、一種の文学性を、ヒーローたちのドラマのなかに投影した。

ドキュメンタリー『スタン・リー』から学ぶ“成功の秘訣” 偉大なクリエイター誕生の背景

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 例えば『ファンタスティック・フォー』では、ヒーローたちが本部の家賃が払えなくて困る展開が存在するのである。それは、スタン・リーの父親がなかなか職に就けず、家賃に苦しんでいたという実際の問題が基になっていたのだ。そのことによって荒唐無稽なはずのヒーローの戦いは、途端にリアルな生活者の物語として昇華されることになるのである。

 同様に『ムービング』が超能力を題材にし、宙に浮かぶ主人公を描きながら、学費や受験、就職の問題などに悩むといった、あくまで“地に足をつけた”ドラマを描くことをやめないのは、そういった作品づくりに根ざした思想をこそ大事にしたいという思いがあるからだろう。つまり本シリーズが描いているものは、われわれの生きる社会そのものであり、われわれの心のなかのリアルな葛藤なのである。

参照

※ https://deadline.com/2023/08/disney-hulu-kang-full-moving-korean-webtoons-superheroes-1235452035/

■配信情報
『ムービング』
ディズニープラス スターにて独占配信中
(全20話/初回7話まで一挙配信、8話以降は毎週水曜2話ずつ配信)
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