『君たちはどう生きるか』には宮﨑駿の“ジブリでの全て”が詰まっている【ネタバレあり】

※本稿は『君たちはどう生きるか』のネタバレを含みます。

 宮﨑駿監督の10年ぶりとなる長編アニメーション『君たちはどう生きるか』が7月14日に公開された。繰り広げられたのは、『千と千尋の神隠し』で世界を感動させた宮﨑監督ならではの、豊かな想像力によって描き出された異世界を舞台にした冒険ファンタジーだった。

 事前の宣伝はポスタービジュアル1枚のみ。そこに描かれていた鳥のようなものの正体が、ついに明らかになった。アオサギ。牧眞人という名の少年が地方にある屋敷へと引っ越してきた時に、沼地に飛んできては眞人にまとわりつく奇妙な鳥で、眞人を異世界へと誘う重要な役割を務めていた。

 では、眞人の相棒かというと、むしろねじくれた性格を持った敵として登場してくる。母親を病院の火事で亡くした眞人は、太平洋戦争が激化してきたこともあって東京を離れて田舎に移り住むことになった。そこで待っていたのが母親の妹で、眞人には叔母にあたるナツコという女性。父親の再婚相手で、すでに赤ん坊も身ごもっているようだった。

 母親を思慕する眞人にこの再婚は、母親への裏切りに見えたのだろうか。どこかギクシャクとした態度で周囲と接する中、眞人は近所に建っている古い屋敷を見つける。眞人の大叔父にあたる人物が建てたものだが、その大叔父はある日忽然と姿を消してしまったらしい。

 ファンタジーにお得意の異世界への扉。それが開いて眞人を引きずり込んでからが、この映画の本編とも言える部分だ。『風の谷のナウシカ』で腐海の森を描き、『天空の城ラピュタ』で空に浮かぶ廃墟になった都市を見せ、『千と千尋の神隠し』で奇妙な姿をした神々が集う場所を想像した宮﨑駿監督ならではのファンタスティックなビジョンが示されて、観客を眞人と同じようにその世界へと浸らせる。

 そうした冒険の途中で出会う人たちがまた味わい深い。見知らぬ異世界でピンチに陥っていた眞人を助けたのは、船に乗ってやって来た人物で名をキリコという。眞人を叱咤しつつ食事と寝床を与えて落ち着かせ、次の冒険へと送り出す。『魔女の宅急便』で見知らぬ街に来たキキの面倒を見るおソノさんや、『天空の城ラピュタ』で空中海賊の一味を率いるドーラといった強い女性の面影が漂うキャラクターだ。

 キリコに送り出された眞人は、今度はヒミという名の少女と出会う。火を自在に操る能力の持ち主で、眞人と共に世界の奥へと向かっていく。『もののけ姫』のサンのように強く、『紅の豚』のフィオのように快活な少女は、宮﨑駿監督ならではといった造形だ。このヒミがピンチにすっくと立って敵をにらみつけるシーンは、銃弾を浴びせてくるペジテの飛行瓶に立ち向かったナウシカのように強く印象に残る。

 少年が鬱屈から逃避し、冒険を経て成長するストーリーといった骨子は分かった。それのいったいどこが『君たちはどう生きるか』なのかと言えば、作中で眞人が母親の残したメッセージを発見する本が、吉野源三郎による小説『君たちはどう生きるか』だったことがひとつある。宮﨑駿監督は昔からこのタイトルを気に入っていて、今回の映画で使用した。

 また、戦争という大きな災厄に見舞われている場所に生き、一方で母を亡くし父は継母に夢中という状況から疎外感や反発心を覚えている少年が、自分は何をするべきかを問うといったニュアンスが、ストーリーには漂っている。人生を選ぶ岐路にあってどのような道を歩むべきかに迷っている人に、何かしらの示唆をあたえる映画という意味で、ふさわしいタイトルだとは言えそうだ。

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