第75回エミー賞、『メディア王』が最多27ノミネート 関係者の頭を悩ますストライキの影響

 北米時間7月12日早朝に第75回プライムタイム・エミー賞のノミネーションが発表された。2022年6月1日から2023年5月31日までに放送・配信されたテレビ番組の中から優秀作品を選ぶ賞で、主にテレビ番組制作に関わる約2万人のテレビジョン・アカデミー会員が投票し決定する。

 タイトル別では、5月末に全4シーズンのフィナーレを迎えた『メディア王 〜華麗なる一族〜』が27ノミネートでトップに立ち、以下『THE LAST OF US』24ノミネート、『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』23ノミネート、『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』21ノミネートと続く。その結果、プラットフォーム別では上位3作品を放送・配信するHBO Max(※現Max)が127ノミネートで圧倒し、Netflixが103ノミネート、Huluが64ノミネートとなった。企業別では、ABC、ディズニープラス、Hulu、FXを擁するディズニー系列局が169ノミネートで、HBO(ワーナー・ディスカバリー系列)を上回る。ノミネーション発表直後、この栄誉の恩恵に与るかのように、ディズニーのボブ・アイガーCEOの2026年末までの任期更新が発表された。

 今年のエミー賞では、38名の俳優が初ノミネーションを獲得した。中でも、ペドロ・パスカルは『THE LAST OF US』(ドラマシリーズ主演男優賞)、『サタデー・ナイト・ライブ』(ゲスト俳優賞)、CNNのドキュメンタリー『Patagonia: Life On The Edge Of The World(原題)』(ナレーター賞)の3部門で初ノミネートという大活躍。『タミー・フェイの瞳』(2021年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したジェシカ・チャステインは、『George & Tammy(原題)』でエミー賞にも初ノミネート、今年は『人形の家』の舞台でトニー賞候補にもなっていた。昨年は『イカゲーム』が14部門ノミネート、非英語作品として史上初のドラマ部門監督賞(ファン・ドンヒョク監督)、ドラマ部門主演男優賞(イ・ジョンジェ)といった偉業があったが、今年は『THE LAST OF US』がゲームIP作品の強さを見せつけた。そして、去年の『イカゲーム』の位置をさらったのがNetflixの『BEEF/ビーフ 〜逆上〜』で、アジア系クリエイターと俳優陣が多数ノミネートされている。

『BEEF/ビーフ 〜逆上〜』Courtesy of Netflix © 2022

 日本未公開作品では、アマゾンの広告モデルVODであるFreeveeの『Jury Duty(原題)』に注目。コメディシリーズ作品賞、助演男優賞、脚本賞、キャスティング賞と、主要賞にノミネートされている。陪審員裁判のリアリティショーの体裁を取りながら、裁判はフェイクで、陪審員を演じているのは全て俳優。その中に『魔法にかけられて』(2007年)や『ソニック・ザ・ムービー』(2020年)のジェームズ・マースデンがいる。だが、陪審員候補者のうち一人だけフィクションであることを知らず、ドキュメンタリー撮影だと聞かされている。『トゥルーマン・ショー』(1998年)のように、彼の目から見たアメリカの陪審員裁判(のモキュメンタリー)が描かれる。アメリカで根強い人気を誇る『ジ・オフィス』(2005〜2013年)のクリエイター、リー・アイゼンバーグと、6月に北米で公開されたばかりのジェニファー・ローレンス主演の大人向けコメディ『No Hard Feelings(原題)』の監督・脚本家ジーン・スタプニツキーが手がけている。今年4月の配信開始時には大注目作品という扱いではなかったが、TikTokでクリップが拡散され始め、口コミでだんだんと人気になり、Freeveeで最も試聴された作品となった。有名俳優が出演するストリーミングの人気シリーズだけでなく、こういった作品を選出するところにテレビジョン・アカデミー会員のプライドと目利きが感じられた。

Jury Duty | All-New Series | Coming April 7

 一方で、HBOが“二匹目のどじょう”を狙った『ゲーム・オブ・スローンズ』の前日譚『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の8ノミネートにはドラマシリーズ作品賞が含まれるが、特殊メイクや撮影、美術賞などの技術賞が大多数。前作はエミー賞史上最多受賞記録(59賞受賞)を持ち、ドラマシリーズ作品賞を3年連続受賞した名作なのだが、その期待と評価を『THE LAST OF US』が引き継いだ感がある。同じくPrime Videoが巨額の制作費をかけて製作した『ロード・オブ・ザ・リング』の前日譚『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』も、衣装、タイトルデザイン、特殊効果賞など主に技術部門賞のみが候補入り。どちらのドラマも視聴者数では大成功といえる成績を残し、業界人が選ぶ賞レースと観客の趣向に乖離が生じているのかもしれない。

 俳優部門においては昨年も同じことを書いたが、特定の作品の候補者が集中する流れが相変わらず続いている。その傾向を危惧し、今年からエミー賞投票のルールが改定になり、投票制限が設けられた。(※1)2017年以降、投票者は各カテゴリーの候補者を無制限に投票できたが、第75回エミー賞のノミネーション投票より、候補枠の数のみの投票となった。例えば、ドラマシリーズ主演男優賞の候補枠は6枠なので、6名の候補者を選ぶことができる。この改定により、お気に入りの作品の出演者全員を候補に挙げることができなくなったわけだが、開票結果はこの通り。ドラマシリーズ主演男優賞候補6枠中3名が『メディア王』、ドラマシリーズ助演男優賞候補は『メディア王』と『ホワイト・ロータス』で各4名ずつ分け合い、ドラマシリーズ助演女優賞は『ホワイト・ロータス』から5名となっている。ドラマシリーズのゲスト男優賞は『THE LAST OF US』から4名、『メディア王』から2名、ゲスト女優賞も『THE LAST OF US』と『メディア王』からそれぞれ3名がノミネート。そのほかの部門でも同一作品から2名以上候補入りしているケースは依然として多い。エミー賞投票者、つまりアメリカでテレビ番組制作に関わる人たちはこんなにもHBO作品を溺愛しているのだろうか? 個人的には、授賞式で『メディア王』のリユニオンが見られそうなのが嬉しい。昨年は助演賞候補だったキーラン・カルキンとサラ・スヌークの2人が主演部門に鞍替えしてもノミネートを勝ち取り、主演・助演・ゲスト合わせて14名が授賞式に大集合する。昨年はトム役のマシュー・マクファディンがドラマシリーズ助演男優賞を受賞しているが、ドラマが完結してもなお、主演男優賞部門でロイ家の男たちの間に火花が散ることになる。

 しかし、候補作品の偏り以上にエミー賞関係者の頭を悩ませているのはストライキの影響。全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)と全米脚本家組合(WGA)の交渉が合意に至らずストライキ実施中、さらにはノミネーション発表当日深夜に全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)との間の交渉も合意に至らないまま期限を迎えた。これにより、ストライキの行使が濃厚になった。SAG-AFTRAがストライキに入るのは1980年以来、WGAと同時ストライキは1960年以来となる。9月18日に第75回エミー賞を放送するFOXは、授賞式開催・放送の延期も検討しているそうだ。(※2)関係者の話では、11月もしくは来年1月開催も視野に入れ、7月末までに発表されるという。エミー賞は4大ネットワーク局の輪番で授賞式を放送しているが、11月の週末にはアメリカンフットボールの試合が予定され、映画賞レースシーズンの1月の週末はすでにいくつかの賞が日程を発表している。また、たとえ授賞式が延期になったとしても、8月中旬の本投票日程は変わらず、投票から2カ月〜6カ月後にようやく授賞式を迎えるという間の抜けた展開も免れない。テレビ業界最大の賞がノミネーションを発表したものの、アメリカのエンターテインメント業界の混乱は続いている。

参照

※1. https://www.emmys.com/news/awards-news/rules-221220
※2. https://variety.com/2023/tv/news/emmys-strike-delay-fox-tv-academy-january-november-1235667092/

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