興味深いのは、エリック王子（ジョナ・ハウアー＝キング）の改変である。アニメーション版の『リトル・マーメイド』では、役柄の重要性に比べて、あまり存在感を示せていたキャラクターとは言い難く、なぜアリエルが彼に惹かれたのかが分かりにくい面もあった。そして、もともとアリエルは人間の世界に憧れていたはずなのに、いつの間にかエリック王子と結ばれることが目的であるかのように見えてしまったことも、アニメーション版に残った違和感だったといえる。

　だが本作のエリックはアリエル同様に、病的なまでに未知の世界に憧れている人物だということが強調されている。アリエルは地上に、エリックは海にロマンを見出し、親に反発してまで、無謀な夢を追い続けるのである。だからこそアリエルとエリックは、この狂気にも似た情熱を共有し、新たな世界をともに冒険するパートナーになるというラストの描写へとつながっていくのだ。マーシャル監督は、この現代的なアイデアを、じつは原作であるアンデルセンの童話の内容から得たのだという。

　また、片方の種族が自分の種族を離れ、もう一方の種族に同化していくことは本当に幸せなのかという疑問も、『リトル・マーメイド』の物語に小骨として刺さっていた点だった。ディズニー・アニメーションは、やはり異なる民族の二人が惹かれ合うという内容の、後の『ポカホンタス』（1995年）の毅然としたラストシーンによって、すでにより進んだ表現に行き着いている。

　それを踏まえると、本作のラストで光がキラキラと反射する波を、二人を乗せたボートが滑っていくという、エモーショナルなカットには息を呑むところがある。この海面を映した映像によって、人魚が人間の世界に同化していくのではなく、海の世界でもなく人間の世界でもない、そのはざまにある世界が二人の居場所であることが示唆されている。つまり、本来パートナーとは対等な関係であり、同じ未来を向き、同じ環境を共有する存在であるという価値観が描かれているのである。

　そして、最も驚かされるのは、祝福に訪れる人魚たちが映される場面だろう。ここでは、さまざまな年代、さまざまな肌の色、性別、体型も異なる人魚たちが登場する。そこには、誰が人魚を演じてもおかしくないという考え方を示すとともに、人魚を特定の人種や決まった条件に当てはめることはナンセンスだというメッセージが、映像で雄弁に語られるのである。

　Netflix製作のドキュメンタリーに、『マーピープル："人魚になる"という仕事』というシリーズ作品がある。これは、5億ドル規模の市場であるという、人魚の扮装でパフォーマンスをしたり、衣装を制作する人々が作り出す“人魚業界”を追った内容で、プロとして活動したり、プロやコンテストのトップを目指す者たちの日々の研鑽と努力が紹介されている。

　そんな人魚たちの業界でパフォーマンスするのは、かつてアメリカでは白人女性ばかりだった。だがドキュメンタリーでは、そんな業界にも多様性の波が押し寄せ、さまざまな特徴を持った人たちが人魚を演じるようになってきている状況が映し出されている。もうすでに、誰もが人魚になることを認められる世界が到来しているのである。そこでは人魚という存在を媒介にして、世界が一つになりつつある。

　人種同士の融和、種を超えた生き物たち同士の融和、パートナー同士の融和……。本作『リトル・マーメイド』は、このように複数の世界が一つになっていこうとする現在の流れと、理想的な未来を暗示している。アニメーション版とほとんど同じ展開を描き、決定的な変更はおこなわれていないにもかかわらず、別作品かと思うほどに特定のテーマが鮮明に浮かび上がってくるというのは、“映画の魔法”と表現するほかない。

　これは、脚本や演技の方向性をはじめ、出演者たちやスタッフが同じ目的を持ち、同じ方向を向くことで得られたものであると考えられる。映画とは、まさに“総合芸術”なのである。

　そして、このテーマは本作が実写作品であり、生身のキャストが演じたからこそ強く生じたものでもあるだろう。本作に涙した観客は、同じ世界に生きているさまざまな人々にそれぞれの違いがあり、その違いを受け入れることの重要性に気づいたり、再確認することができたのではないだろうか。本作『リトル・マーメイド』は、その意味でディズニーが過去作を甦らせ、実写化した意味が最もある一作になったと考えられるのだ。

参照

※ https://collider.com/the-little-mermaid-director-rob-marshall-alan-menken-interview/

■公開情報
『リトル・マーメイド』
全国公開中
監督：ロブ・マーシャル
音楽：アラン・メンケン、リン＝マニュエル・ミランダ
出演：ハリー・ベイリー、メリッサ・マッカーシー、ジョナ・ハウアー＝キング、ハビエル・バルデム
配給：ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題：The Little Mermaid
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