『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が“挑戦的な姿勢”を崩さなかった理由
われわれは、お気に入りのアニメーション作品の設定資料やコンセプトボードを見たとき、その表現力や風合いの豊かさに感動することがある。だが制作手法における制約があるため、それがCG、手描きにかかわらず、完成されたアニメーション作品の動画部分に反映していない場合が多いのだ。大作映画において、その差異をCGと手描き技術を同時に駆使して打ち消そうとしたのが、日本では高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013年)だった。しかし画期的な試みであったにもかかわらず、日本の劇場アニメ界では、そのフォロワーとなるような作家は生まれなかったのではないか。その意味で本シリーズは、本質的に高畑監督の夢を引き継いだかたちにもなった。
そんな実験的ともいえる姿勢だけでなく、本シリーズでは従来の価値観においても高い完成度を誇っている。例えば本作では、マイルスとグウェンがニューヨークの摩天楼を高層ビルの上から眺める場面がある。ヒーローであることを隠してきたことから、周囲と親密な関係がなかなか作れなかった二人は、能力によって“逆さま”の状態で見つめ合い、心理的に接近するのだ。見どころは、重力によって二人の頬がリフトアップされているというスパイダーヒーローならではの演出。つまり、真に分かり合える者同士の親密な世界が、ここで繊細に描かれているのである。
無数のバースからスパイダーヒーローたちが集結し、マイルスを追いかけるといった本作の展開は、脚本上の注目すべきポイントだろう。成功した人気シリーズならば、さまざまなバースの一つひとつをメインに、何作も製作しようと思うのが人情だ。しかしここでは、より興奮できる展開を見せるために、「スパイダーバース」という設定のポテンシャルを使い切ってしまおうとすらしているように感じるのである。安定的に稼げるビジネスを優先するのではなく、まず作品ありきという姿勢こそ、プロデューサーであるフィル・ロード&クリス・ミラーの精神なのだろう。こういった態度も含め、このシリーズは見事だという他ない。
さて、そんな本作が描こうとした、中心となるテーマとは何だったのか。それは、どうにもならない状況にどう対処するのかという、多くの人にとってもシリアスな問題だ。全てのバースの存続にかかわる、マイルスが辿ろうとする不可避の運命は、彼の心を大きくかき乱す。自分や家族の運命と、より多数の運命。まさに多数対少数を選ばされる「トロッコ問題」のような事態が立ち塞がるのである。
折しもマイルスは、高校を卒業した後の進路を選ぶ時期に差し掛かっていた。そこで両親と意見が食い違うことで葛藤を余儀なくされるというのは、少なくない人々が経験するシチュエーションといえよう。自分の意見を強硬に押し通すか、周囲の人々の意見に従って合理的な選択をするかで、人生の方向は大きく変わってしまう……。そんな青春の決断こそが、「スパイダーバース」という設定を使用して、前作から引き継がれた一人の少年の成長の物語を暗示しているのだ。
この問題について、確固たる“正解”は存在しないだろう。だがフィル・ロード&クリス・ミラーが、自分の作品で描いてきたのは、個の自立であり“世界”と闘う姿勢であったはずだ。だからこそ、ここまで述べた通り、作風や演出においても脚本においても、挑戦的な姿勢を崩さなかったはずなのである。であれば、マイルスの物語にどのようなメッセージを託すのかは、想像することができるのではないか。
そんな物語の行方は、2024年公開予定の『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』へと引き継がれる事になる。おそらくは一応の最終章となるだろう次作において、この難しい問題にどう決着がつくのか、そしてアニメーションの未来をも暗示する特徴的な表現がどこまで進んでしまうのか、楽しみに待ちたいと思う。
■公開情報
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
全国公開中
監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
脚本:フィル・ロード&クリストファー・ミラー、デヴィッド・キャラハム
声優:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ジェイク・ジョンソン、イッサ・レイ、ジェイソン・シュワルツマン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ルナ・ローレン・ベレス、ヨーマ・タコンヌ、オスカー・アイザック
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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