『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』はまったく色褪せない 卓越した作画表現は必見

 また、今作ではまる子と対になる存在として、絵描きのお姉さんがいるが、彼女には原作者のさくらももこが辿ったかもしれない2つの可能性が反映されているように思う。1つは漫画家になりたいという夢を抱えていたいつかの自分であり、もう1つが結婚してお嫁さんになる自分の姿だ。

 この2つの可能性は、現代社会においては両立しうるものだろう。家族をもち、子育てをしながらも漫画家を続けている女性も、今では珍しい話ではなくなった。しかし今作は50年前の1970年代が舞台ということもあり、漫画(絵画)を作るという表現者の道と、家庭に入るという2つの道を両立させることが難しかった時代だ。

 そう考えると、今作の終盤の描写には、さまざまな思いがよぎる。さくらももこの子ども時代を反映したまる子が、お姉さんの選択に対して、涙を流しながら見送る。そこには喜びとも悲しみともいえない、複雑な感情が作画から感じ取られ、そしてさくらももこ自身があり得たかもしれない未来の1つに対して、肯定とも応援とも哀しみともいえる行動を起こす。このシーンをどのように解釈するかによって、評価が大きく変わるのではないだろうか。

 今作はまさに、映像・音楽・物語の幾つもの面から時代を象徴する作品だ。それぞれのクリエイターが個性を発揮しながらも、原作者のさくらももこの内面性を内包し、その上でちびまる子ちゃんらしさを失わない。まさにシリーズもののアニメ作品としても理想的な構造といえる。

 今でも『ちびまる子ちゃん』を毎週追いかけているファンも、すでに『ちびまる子ちゃん』から離れた方にも鑑賞してほしい。70年代という作中の時期と、90年代という公開時期だからこそ描けた時代性がたくさん詰まっており、単に楽しいのはもちろんのこと、現代の表現や諸問題を考える上でも、助けとなる作品だ。

『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』Blu-ray限定版

■配信・リリース情報
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』
Netflixにて配信中
Blu-ray発売中
価格:限定版 7,150円(税込)/通常版 5,170円(税込)
本編:92分
限定版特殊仕様:アウターケース仕様
限定版同梱特典
・ミニコンテ上下巻
・ミニアフレコ台本
・ミニシナリオ
・ミニパンフレット

企画:宮永正隆
原作・脚本:さくらももこ
音楽:千住明、川原伸司
キャラクターデザイン:河内日出夫
画面設定:小林治
美術:野村可南子
作画監督:生野裕子、柳田義明、藤森雅也
録音:本田保則
撮影:伊藤修一
編集:布施由美子
絵コンテ:須田裕美子
演出:石井文子、青木佐恵子
エンディングアニメーション:藤森雅也
プロデューサー:岡村雅裕、清水賢治
監督:須田裕美子、芝山努
製作協力:亜細亜堂
製作:さくらプロダクション、フジテレビジョン
エンディング主題歌:高橋由美子「だいすき」作詞:さくらももこ/作曲:筒美京平/編曲:千住明
声の出演:TARAKO、屋良有作、一龍斎貞友、富山敬、佐々木優子、水谷優子、高橋由美子
©㈱さくらプロダクション/日本アニメーション1992
©1992劇場用映画「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」製作委員会

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