『ブラッシュアップライフ』の軸にある倫理観の高さ バカリズム作品は仏教がベースに?

 バカリズムが脚本を担当するドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が佳境に入った。

 日本テレビ系で日曜22時30分から放送されている本作は、33歳で事故死した近藤麻美(安藤サクラ)が同じ人生を繰り返す地元系タイムリープヒューマンコメディだ。

 近年、タイムリープものはフィクションの人気ジャンルとなっているが、本作がユニークなのは、主人公の麻美が実家暮らしで地元の市役所に勤務しているという堅実な人生を歩んでおり、死後も冷静で淡々としていること。

 現在、麻美は4周目の人生を過ごしているのだが、1周目は地方公務員、2周目は薬剤師、3周目はテレビドラマのプロデューサー、そして4周目の人生では大学院に進学し研究医として働いている。

 職業の変遷を辿ると、文字通り、人生をブラッシュアップしているように見える。逆に、ギャンブルや投資で金儲けを目論むといった私欲を満たそうとする姿は描かれない。もちろん、彼女が悪事を働かないのは「来世で人間に生まれ変わる」ために「徳を積む」という目的があるからだが、軸にある倫理観の高さには、なにか引っかかるものがある。おそらく、この倫理観の高さこそが、本作の影の魅力ではないかと思う。

 バカリズムの脚本は、大きく分けて二種類の魅力によって成り立っている。1つは特殊な設定を用いたゲーム性。人生の分岐点に戻ることができるタクシーに乗った人々が、人生をやり直す姿を描いた『素敵な選TAXI』(カンテレ・フジテレビ系)や、芸能界で活躍する女優本人が「もしも違う人生を歩んでいたら」という別人生を演じる『かもしれない女優たち』(フジテレビ系)はジャンルで言うと時間SFだが、無数の分岐点をあえて提示した上で展開される物語は、ゲーム実況を見ているような楽しさがある。死後も含めて人生は無数の可能世界に枝分かれしており、その分岐の数だけ物語が存在するというのが、バカリズムの作劇論なのだろう。

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