『今際の国のアリス』が真に描いたものとは? 『イカゲーム』に通じる現実社会の写し絵に
そこで重要になるのが、山﨑賢人演じるアリスの境遇と、森永悠希、町田啓太演じる、高校時代の同級生たちの存在だ。彼らは、学校を出て社会に放り出されてから間もない状況にあり、それぞれに生きる目的を見失っていた。渋谷のスクランブル交差点ではしゃぐ行為は、そんな彼らが学生時代の充実した時代を束の間思い出す瞬間だった。
新社会人が働き出すと、心や身体に大きな負担がかかるものだ。ことに、ブラック企業が多く存在し、毎日忙しく働くことが美徳とされる日本ではなおさらだろう。逆に、アリスのようにさまざまな事情から働いていない状態の人もまた、そのような考え方によって精神的に追いつめられている場合が少なくない。
近年、日本の厚生労働省による「自殺対策白書」では、「15~34歳の若い世代で死因の1位が自殺となっているのは、先進国では日本のみである」と、警鐘を鳴らしてきた。(※1)そうなってしまった要因にさまざまなものがあるのはもちろんだが、日本経済がますます失墜し、格差が拡大していくなかで、全体的に就職や労働条件が悪化していくにもかかわらず、社会の意識が変化していないという点が挙げられるのではないだろうか。
最近、日経新聞で「風呂なし物件、若者捉える」(※2)という記事が公開され、話題となった。そこには、「ドアの外はふれあいの街 シンプルライフ築く礎に」と、ポジティブなことが書かれていて、さすがに常軌を逸した内容に読者の反感を買ったのだ。当事者と思われる人たちは、好き好んで風呂なしの物件を選んでいるのでなく、そうしなければ生きていけないのだと指摘している。そもそも、部屋に風呂があったとしても、銭湯でふれあいを感じることは可能なはずだ。このような一例が示すように、窮状を窮状だとも認めてくれない状況が、窮地にある人々の精神をさらに追いつめるのではないか。
経済は復調の傾向を見せず、出生率が減少し、若者が自殺していく国。世界的な規模で見て、日本こそまさに「“今際”の国」といえる社会状況なのである。そんな場所で生きる若者たちにとって、まさに現実はサバイバルであるといえる。TVのディスプレイのなかで輝いている芸能人や、大企業に好条件で就職できた一部のエリートは一握りに過ぎず、かつて経済的に「中間層」と呼ばれた生活水準もまた、多くの若者にとって手に届かない状況となっている。
小さい頃からTVゲームに親しんできた若者は、この社会の現実とは、“最初から詰んでいる”理不尽な「クソゲー」に見えるのではないだろうか。ゲームの難度が高すぎて、ほとんどのプレイヤーが負けている状況である。個人の努力では、もはやどうにもならないところにきているのだ。こんな陰惨なゲームを楽しめるのは、本シリーズに登場するようなサイコパスくらいではないのか。
そんな苦境にあったとしても、現実に向き合い仕事をこなさなければ、老後の蓄えを貯めるどころか、現状維持すら困難。まだ状況が幾分マシだった親世代は、ゲームの難易度が上がっていることを理解してくれない場合もある。この負けが見えているゲームを、プレッシャーをかけられながら延々続けるしかないのであれば、電源ごと切ってしまいたいと思う人々が出てくるのも理解できる。
こんな欠陥だらけとなった「今際の国」を、踏みつけられる若者たちみんなで生き残るためには、この社会のシステムそのものを変えるしかないのではないか。本シリーズで描かれるのは、若者たちの“協力プレイ”によって、クリア不可能なステージを突破する姿である。それは、連帯によって何かを根本的に変えることができるかもしれないという、わずかに残った希望の可能性である。
同時に、ゲームマスターたちの正体が、かつて生き残ったプレイヤーだったように、システムに順応した一部の人々が若者を搾取する側にまわって、搾取の悪循環を繰り返している場合もある。そんな人々が、心に闇を抱えている姿もまた、現実の社会の写し絵であるといえるだろう。
日本と同じく、若者の自殺率が多い韓国のデスゲームドラマ『イカゲーム』も、同様に社会の経済システムや、犠牲となる貧困者を描いた作品だった。一見、『今際の国のアリス』は、それとは異なった方向性に感じられるかもしれない。だが、描かれるものは、やはり同じものだったと考えられるのである。
参照
※1. https://www.sankei.com/article/20201028-HGRVRFS5KJLH7DFF7H45PAOWOQ/
※2. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO66935740X11C22A2MM0000/
■配信情報
Netflixシリーズ『今際の国のアリス』
Netflixにて、シーズン1&シーズン2独占配信中
出演:山﨑賢人、土屋太鳳、村上虹郎、三吉彩花、桜田通、朝比奈彩、恒松祐里、森永悠希、町田啓太、磯村勇斗、井之脇海、毎熊克哉、さとうほなみ、金子ノブアキ、阿部力、青柳翔、仲里依紗、山下智久
原作:麻生羽呂『今際の国のアリス』(小学館『少年サンデーコミックス』刊)
監督:佐藤信介
撮影監督:河津太郎
音楽:やまだ豊
美術監督:斎藤岩男、大西英文
VFXスーパーバイザー:神谷誠、土井淳
アクション監督:下村勇二
エグゼクティブ・プロデューサー:坂本和隆
プロデューサー:森井輝
制作協力:Plus One Entertainment
企画・制作:ROBOT
©︎麻生羽呂・小学館/ROBOT