『silent』考察したい6つのポイント イヤホンが示した物語の重要な分岐点

 “恋愛ドラマ離れ”が進んでいるともいわれる近年、フジテレビ系木曜劇場『silent』は、TVer見逃し配信で歴代最高記録を樹立するなど、幅広い年代で盛り上がりを見せた。

 『silent』がヒットした理由はもちろん1つではないだろう。聴者とろう者、中途失聴者やその家族など、さまざまな人間関係を丁寧に描いた人間ドラマの要素や、それらを演じ切った俳優陣の高い演技力が人々の心を動かしたのは間違いない。

 実際、本作には繊細な演出や練られた脚本など、視聴者が惹かれる要素が多くあった。その中でも、『silent』が「評価の高い作品」や「配信で観られた作品」にとどまらず、社会現象を引き起こすまで盛り上がった理由として、SNSでの反響の大きさは切っても切り離せないだろう。毎話の放送終了後、「あのセリフやあの小道具が〇〇を暗示しているのではないか」「あのシーンとあのシーンが対比構造になっているのではないか」などSNSでは考察合戦が繰り広げられた。

 『silent』は視聴者に解釈を委ねる場面が多い作品でもある。登場人物たちの想いや行動の意図を補完するために、作品中に散りばめられたヒントを視聴者が探し、それをSNSで発信することで考察が大いに盛り上がったのではないだろうか。本稿では、そんなSNSで話題になった考察内容をいくつか取り上げたい。

イヤホンが象徴する断絶

 まず1つ目は『silent』で最も重要な小道具と言っても過言ではない「イヤホン」だ。イヤホンははじめ、紬(川口春奈)と想(目黒蓮)を繋ぐものとして描かれた。音楽を通して関係性を深めた2人は、誕生日にはイヤホンをプレゼントし合い、1つのイヤホンをシェアして音楽を共有していた。

 しかし、想が耳の病をきっかけに紬の元から離れた後、イヤホンは断絶の象徴として描かれる。想の耳が聞こえなくなったのと同じタイミングで紬のイヤホンは壊れ、想自身もイヤホンで音が聞こえなくなったことを自覚し、音がある世界との断絶を痛感することになるのだ。

 その後、イヤホンは有線からワイヤレスへと変わり、紬がワイヤレスイヤホンを落としたことで2人は再会を果たす。ワイヤレスイヤホンで新しい2人の出会いが描かれ、時が経過したことも表現している。このように『silent』では、イヤホンを通して物語の重要な分岐点を何度も描いていた。

窓越しの会話

 2つ目は「窓越しの会話」のシーンだ。第3話では、紬と湊斗(鈴鹿央士)が付き合うきっかけになったファミレスでのやりとりが描かれた。高校の同窓会の二次会に参加せずファミレスで黙々と仕事を進める紬を、店の外から見つけた湊斗は窓越しに会話しようと試みる。湊斗は窓をノックすることで紬に存在を気づかせるが、窓のせいで会話は成立せず、結果ファミレスの中に入ることになる。

 一方、第3話の中盤で紬と想が馴染みのカフェで待ち合わせするシーンでは、窓越しに手話を使って紬と想がスムーズにやりとりをする様子が描かれた。大きな窓を使って、手話だから会話が成立する場面を描くと同時に、今後の関係性を暗示するような対比構造が視聴者の間で話題を呼んだ。

ひんやり熱いもの

 3つ目は「ひんやり熱いもの」。『silent』の主題歌であるOfficial髭男dismの「subtitle」には〈きっと君に渡したいものは もっとひんやり熱いもの〉という歌詞がある。この「ひんやり熱いもの」を表す描写が劇中に登場していた。

 第4話で紬の弟・光(板垣李光人)が想にビールを手渡すシーンがある。「1本あげる」と言ってひんやりしたビールを想の頬にくっつけ、想は光のそんな行動に小さな笑みを浮かべるのだった。想と紬の関係を好意的に思っていなかった光が想と距離を縮めるこのシーン。2人の関係の始まりを予感させるような描写だった。

 一方、第4話の終盤では湊斗が紬に冷めたコンポタを手渡すシーンが描かれる。湊斗が紬に別れを告げる場面でもあり、光の渡したビールとは対照的に別れを意味する描写になった。

紬と湊斗の切ない対比

 4つ目は、同じく第4話で描かれた紬と湊斗のセリフの対比だ。第4話の終盤、紬が湊斗に対し「(想が)3年くらい前にほとんど聞こえなくなったんだって。イヤホンつけても音流れてこないのかとか、字幕がない映画観れないのかとか、人と声で話せないんだとか。卒業してから特にこの3年、どんなふうに生きてたんだろう......」と話すシーンがある。このシーンでは、紬がメインで話しているが、終始湊斗の複雑そうな表情が抜かれるカメラワークになっている。

 この直後、湊斗は紬に別れを告げるのだが、実はこの紬とのやり取りの前に湊斗は想にこう話していた。「この3年、(紬は)本当は楽しくなかったと思う。行きたいとこ、食べたいもの、欲しいもの、俺全部なんでもいいよ。紬の好きでいいよって言うからつまんなかったと思う。紬が教えてくれた音楽とか映画とか、いいねって感想しか言えなくて、俺ほんとつまんないから......」

 両者のセリフは、内容も話し手も異なるが非常に似ている。前者のセリフでは、紬が想の3年間に思いを馳せて語っているが、「湊斗は紬の3年間を当てはめて聞いていたのではないか」という考察がされていた。紬の語りのシーンで湊斗の複雑そうな顔が抜かれていたのは、「紬は(湊斗と)付き合っていた3年間、好きな音楽や映画を楽しむことができずつまらなかったはず」という湊斗の劣等感や苦しみを表す描写でもあったのだ。

 あまりにも切ない対比だが、湊斗の別れへの決意がよく分かるシーンになっている。

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