新海誠ワールドを確立させた『すずめの戸締まり』 記憶の集積と向き合う映画鑑賞の醍醐味
この物語で登場人物やネコ以上に、新海誠という作家の死生観を代弁しているのは廃墟である。寂れた温泉街に始まり、土砂崩れで損壊した学校。街から見えるけれど誰も気に留めなくなった遊園地。人でごった返す東京の地下にひっそりと佇む静寂の空間に、震災で津波に飲み込まれた住宅街。いずれもその場で誰かが繰り広げた楽しげな“生”の時間を全うし、対照的な“死”を迎え、その状態のまま在り続ける場所だ。
かつてそこにいた人々に想いをめぐらせ、その声を聞くことによって、“後ろ戸”を介して彼岸からやってくる“ミミズ”なる怪異を封じることができる。なるほどこれは、街や建築物に長い年月をかけて染み込んでいった記憶の集積と向き合うドラマというわけだ。生物ではないそれらに本来であれば、生も死も存在しないが、確かに死んでいる。人間のエゴによって殺されたり、自然的なアクシンデントに見舞われたり、果ては孤独なまま忘れ去られていく。廃墟たちの死に様は、人間のそれと大して違いはない。
新海誠が現在のようなダイナミックな作り手にシフトしてからの作品を振り返れば、『君の名は。』では運命的に入れ替わった男女のコミカルな恋愛譚と同時に、彗星の衝突というかなり特異な不運によって滅ぼされた人々の生活があった。『天気の子』では東京中に降り続ける雨という自然災害にヒロイックな青春譚が重ねられ、都会の街のなかで異物のように佇んだ雑居ビルがキーポイントとして提示された。いずれも登場人物を核として、彼らを動かすための舞台装置の役割を街や建築物が背負わされるという、なかば副次的なものともいえる。しかし考えてみれば、何よりも背景美術の美しさを重視するのが“新海誠ワールド”であり、それでは矛盾したままだ。
たしかに『すずめの戸締まり』は少女の成長譚が筋書きの上では軸となる。冒頭のシーンで自転車を転がせばガタガタと凹凸に見舞われていたのが、ラストになると極めてスムーズに走り抜けることでその変化があらわされる。現実で起こりうる自然災害に、それを食い止めるというヒロイックさも、ある意味では『天気の子』とよく似ている。けれどもそこに廃墟がなければ、地元の人々からも忘れ去られた場所がなければ、この物語はそもそもスタートラインにすら立てていない。
人も街も建物も、それらはすべていつかの誰かが何らかのかたちで作ったものである。それらのなかに何十年も蓄積された記憶の集積に、偶然17歳の少女が触れる。それは何十年も前の光景をありのまま記録したものに触れる、映画鑑賞という行為そのものとよく似ていて、その偶発性こそ何よりも運命的だ。あらかじめその場所に存在していた何かとめぐり逢い、想いを馳せることを主人公に求め、同時に観客にもそれを求めている。ミミズを封じた瞬間に降り注ぐ大雨は、その場所に集積した無数の記憶たちそのものであり、真の意味で“新海誠ワールド”を確立させるものである。
■公開情報
『すずめの戸締まり』
全国公開中
原作・脚本・監督:新海誠
出演:原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜、松本白鸚
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS、陣内一真
主題歌:「すずめ feat.十明」RADWIMPS
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
制作プロデュース:STORY inc.
配給:東宝
©︎2022「すずめの戸締まり」製作委員会
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