『THE FIRST SLAM DUNK』は3DCGアニメのメルクマールに 恐るべき“心理的な時間感覚”
映画は時間を彫刻し、アニメは時間を想像する
本作の驚くべき点は、そのように圧縮・伸張させた時間感覚だけでなく、リアルな時間の痕跡をアニメーションで感じさせたことだ。
アニメーション研究家の土居伸彰氏は、自著『個人的なハーモニー』で、アニメーションは時間の彫刻というよりも「時間の創造」であると書いている。アニメーション作家の頭の中にある、現実とは異なる時間感覚が直接現れるものだと、土居氏は主張している。
タルコフスキーが映画を彫刻に喩えたのは、彼が実写映画の作家だからだ。実写映像なら1秒の時間の塊を用意するのに、1秒カメラを回せばよいが、アニメーションは1秒の時間を生み出すのに、より膨大な作業を要する。
土居氏は前述した同著で、アニメーションは一瞬の静止したイメージをコマ撮りで積み上げることでしか作れず、その原理によって時間の歪みが生じると語る。その歪みが作家の内的な時間間隔の表現として現れるのだ。
本作はモーションキャプチャを使用しているのでコマ撮り原理とは異なるが、キャプチャデータをそのまま持ってくればアニメーション映像になるわけではないし、本作の場合、井上氏の絵柄を高いレベルで再現しなくてはならないから、カットごと、フレームごとに手作業で膨大なレタッチを施していると思われるため、実写の映像とは異なる時間間隔が現れても不思議ではない。
にもかかわらず、本作がリアルな時間間隔に溢れているのは、監督も務めた井上氏の頭の中にある時間感覚が、極めて本物の試合に近いものだったからだろう。時間感覚が本物の試合と同じだからこそ、本物のような臨場感が宿り、同時に、試合の中のプレイにはアスリートたちの凝縮された人生の時間が刻まれているのだと描くことで、試合のリアルと人間のリアルに同時に迫ることに成功したのだ。
日本の3DCGアニメの新たなメルクマールとなるか
本作は、日本アニメにおける3DCG表現という観点でも大きな達成をしたと言える。
3DCGが選ばれたのは、半ば必然だった。リアルなバスケットボールの試合は、コート上の10人が同時に異なる意思で動くので、手描きの作画では物量的に挑むことが難しい。
だが、3DCGにも弱点はある。セルルックの手描きアニメやアナログ絵のタッチ感、キャラクターの生々しさはなかなか再現が難しく、人形っぽい印象になってしまうことがある。本作は新ツールを開発し、3Dモデルに直接手作業で描き込むことでその課題を突破したようだ。
牧野:新しいツールを作る段階から試みていまして、「アニムストローク」っていうツールなんですけど、監督が描いた絵を目指すっていうところで、どうしても 3Dポリゴンだけでは表現しきれないようなものを表現するために開発したツールで。実際に3Dで動いているモデル自体そのものに描けるようなツールは、今まではやってなかったというか。
松井:原作の絵を見ていただけるとわかると思うんですけど、『SLAM DUNK』っていう作品のキャラクターたちの顔っていうのが、すごく微細な感情を含んでいるような複雑な顔。造形というよりも感情が複雑な顔。それを表現するためには、微細なアイラインの一本分の開きとか、口角のニュアンスであるとか、CGが本来得意とするところをちょっと超えたような……かゆいところに手が届くというような調整がやっぱ必要になってくるんですけど、そういったところに手を届かせるためのツールっていうのを開発して、それを実装して、挑戦している。(※3)
このアプローチは、アメコミ的な絵柄を動かそうと試みた『スパイダーマン:スパイダーバース』に近いと思われる。こうしたアプローチは、アメリカでも広がりを見せており、ドリームワークス・アニメーションの『バッド・ガイズ』や、2023年公開の『長ぐつをはいたネコと9つの命』でも同様に、手描きの2DライクなテイストをCGアニメーションに持ち込んでいる。(※4)
『スパイダーバース』がアメリカのアニメーション界に大きな影響を与えたように、本作は日本のCGアニメ界に大きなインパクトをもたらすメルクマールとなるかもしれない。少なくとも、これまで3DCGアニメに懐疑的だった人をも唸らせる力を持った作品であることは間違いないだろう。
参照
※1. アンドレイ・タルコフスキー『映像のポエジア ――刻印された時間』(キネマ旬報社)
※2. https://www.slamdunk-movie-courtside.jp/interview/07
※3. https://www.slamdunk-movie-courtside.jp/interview/07
※4. https://www.animationmagazine.net/2022/12/how-puss-in-boots-the-last-wish-filmmakers-put-the-cavalier-cat-back-in-action/
■公開情報
『THE FIRST SLAM DUNK』
全国公開中
原作・脚本・監督:井上雄彦
演出:宮原直樹、北田勝彦、大橋聡雄、元田康弘、菅沼芙実彦、鎌谷悠
キャラクターデザイン:井上雄彦、江原康之
CG ディレクター:中沢大樹
作画監督:江原康之
サブキャラクターデザイン:番由紀子
モデルSV:吉國圭、BG
プロップSV:佐藤裕記、R&D
リグSV:西谷浩人
アニメーションSV:松井一樹
エフェクトSV:松浦太郎
ショットSV:木全俊明
美術監督:小倉一男
美術設定:須江信人
色彩設計:古性史織
撮影監督:中村俊介
編集:瀧田隆一
音響演出:笠松広司
録音:名倉靖
キャスティングプロデューサー:杉山好美
音楽プロデューサー:小池隆太
2Dプロデューサー:毛利健太郎
CGプロデューサー:小倉裕太
アニメーションプロデューサー:西川和宏
プロデューサー:松井俊之
声:仲村宗悟、笠間淳、神尾晋一郎、木村昴、三宅健太
オープニング主題歌:The Birthday(UNIVERSAL SIGMA)
エンディング主題歌:10-FEET(EMI Records)
音楽:武部聡志、TAKUMA(10-FEET)
アニメーション制作:東映アニメーション、ダンデライオンアニメーションスタジオ
配給:東映
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