『舞いあがれ!』舞の独白が持つ重要な意味 心を巡る物語として桑原亮子の手腕発揮か

 突然いなくなってしまった貴司(赤楚衛二)。『舞いあがれ!』(NHK総合)第32話では、舞(福原遥)をはじめ皆が彼の行方を探す。

 連絡も3日つかない。会社も突然辞めてしまった。私たちの周りの人は、本当はいついなくなってしまうかはわからないのだ。昨日まで普通そうにしていたのに、いつも通り働いていたのに。いなくなってしまってから、みんな口を揃えてそう言うが、本当は心の中で何かが変だなって気づいていた。自分のことでいっぱいだから、他人のそれを見て見ぬふりをした。貴司がいなくなってしまった理由もわからず、その行方を探す中で彼の少し影の落ちた言動を思い返した舞の独白は、とても正直なもので私たちにも何か心当たりを持たせる。

 2020年に放送された『心の傷を癒すということ』(NHK総合)を手掛けた桑原亮子がメイン脚本を務めているからこそ、こういった小さいけど重要なものの描き方が丁寧だ。第1週の子役時代から“心”に焦点を当てるエピソードを、うるさすぎないちょうど良い塩梅で展開し続けている。特に大人になった貴司は、いつも会社からの呼び出しがあったり、ノルマ達成が難しかったり、好きなこともできずに苦しんでいた様子が何話にわたっても描かれてきたのが印象深い。

 そう、そういうことは今に始まったことではないのだ。ブラック企業など、平成で話題になったものは令和の今に全て消えているかというと、そうでもない。いつの時代だって苦しみながら、友達には「大丈夫」と言ってしまう人がいるのだ。心の風邪をひいている人だって、今は何も珍しくない。私の周りにもいるけど、果たして私はちゃんと声をかけているだろうか。そんなふうに相手の本心に向き合うこと、その人が消えてしまうその前に周囲の私たちが見てみぬふりをせず、しっかりと声をかけてあげることの大切さを、この第32話は教えてくれる。

 貴司がいなくなってしまい、梅津夫妻は気が動転。あちこち皆で手分けをして探す中で、ついに貴司から舞に電話がかかってきた。五島にいると告げ、ちゃんと生きているから安心してほしいと言う貴司。彼がいる場所は、子供の頃に舞が彼に送った絵葉書に写されていた灯台だった。夕焼けが綺麗な絵葉書を彼はずっと大事そうに持っていて、もしかしたら貴司は子供の頃から妙に冴えているというか、大人だった部分があったからこそ、舞が五島にいかなければいけなかった理由にも薄々気づいていたのかもしれない。そして、そこから帰ってきた舞が見違えるほど元気になっていたことも、覚えていたのだとしたら。今の自分と同じように気付かぬうちに心が疲れ切ってしまった幼少期の舞の軌跡を辿るように、貴司は自ら療養できそうな場所に身を置いたのではないだろうか。壊れ切ってしまう前に、彼のようにちゃんと逃げられる人は、それこそ勇気のある人だと思う。

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