『オーファン・ブラック』から『シー・ハルク』へ タチアナ・マズラニーの変幻自在な魅力

 マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)の新ドラマシリーズ『シー・ハルク:ザ・アトーニー』(以下、『シー・ハルク』)が、8月18日からディズニープラスで配信される。主人公の弁護士、ジェニファー・ウォルターズはあるとき、ひょんなことから従兄のハルクことブルース・バナーと同じ能力を手に入れ、緑色の怪力超人“シー・ハルク”に変身するようになってしまう。超人的な能力を手に入れても「ヒーローになんかなりたくない」と、普通の生活を送ろうとする彼女だが、もちろんそうは問屋が卸さない。予告編を見る限り、本作は恋も仕事も楽しみたい現代的な女性ジェニファーと、いやいやながらもヒーローとしてその力を目覚めさせていくシー・ハルクの活躍を描くものになりそうだ。ラブコメ的な要素や、主人公が弁護士ということで法廷ドラマ的な展開も期待できるかもしれない。

 そんな注目作『シー・ハルク』で主演を務めるのは、カナダ出身のタチアナ・マズラニー。ドラマ『オーファン・ブラック~暴走遺伝子』で驚くべき演技力を見せた彼女は、ジェニファー/シー・ハルクをどのように演じてくれるのだろうか。ここでは、これまでのマズラニーの活躍を振り返りながら、その魅力に迫っていきたい。

若くしてキャリアを積み上げ、荻上直子監督作でメインキャストに

 1985年9月22日、タチアナ・マズラニーはカナダの中西部に位置するサスカチュワン州で、木工職人の父と翻訳家の母の間に生まれた。9歳のころから演劇コミュニティに参加していた彼女は、1998年に10歳~14歳の視聴者から公募したシナリオをドラマ化するカナダの子供番組『シナリオライターは君だ!』に出演。その後、テレビシリーズやテレビ映画への出演をつづけながら、地元のカトリック系高校に通った。優等生だった彼女は、学校の演劇公演にもできる限り参加していたという。高校卒業後、マズラニーはジェネラル・フード即興演劇やアノエティック・インプロヴなどの劇団に在籍し、頭角を現していった。そして2004年、『ウルフマン リターンズ』で長編映画デビューを果たす。

 それ以降もテレビシリーズやテレビ映画など、少しずつキャリアを積み上げていき、2010年の荻上直子監督作『トイレット』に出演。もたいまさこ扮する謎多き“ばーちゃん”を中心に、バラバラだった3兄妹が少しずつ心を通わせていく物語だ。マズラニーが演じたのは、末っ子の大学生リサ。彼女は母を亡くしたばかりの家族に協力的でない兄に怒り、言葉の通じない祖母に困惑しながらも、あることをきっかけに彼女と距離を縮めていく。ほとんど台詞のないもたいまさこの不思議な存在感に負けることなく、ニュートラルな演技で等身大の若者を演じた。

『オーファン・ブラック』でエミー賞主演女優賞受賞

 そして2013年、彼女に転機がやってくる。カナダのケーブル局SPACEとBBCアメリカが共同制作したドラマ『オーファン・ブラック〜暴走遺伝子』で主演を務めたのだ。2017年までつづく人気シリーズとなった本作は、まともな生活を望みながらも荒んだ日々を送るシングルマザーのサラ・マニングが、自分と瓜二つの女性の自殺を目撃し、彼女になりすますことから物語がはじまる。女性の銀行口座から大金を手に入れようとしたサラだが、自殺した女性エリザベス・“ベス”・チャイルドは刑事だった。サラは彼女のふりをして警察の捜査に参加しながら、自分が命を狙われていることに気づく。そして自分と同じ顔をしている人物が世界中に何人もいることを知り、クローンである彼女たちと協力して自分たちが作られた理由、そして今になって命を狙われている理由を探っていくのだ。

 マズラニーは主人公のサラとベスをはじめ、ドイツ人のカーチャ・オビンジャー、サッカーママのアリソン・ヘンドリクス、理系の大学院生コシマ・ニーハス、ロンドン生まれでウクライナ国籍のヘレナ、トランスジェンダーのトニー、病人のジェニファー、そして謎の女性レイチェル・ダンカンの計9人のクローンを1人で演じている。全く個性の違う9人を見事に演じ分けた彼女は、たちまち注目を集め、2013年には米バラエティ誌が発表した“最も注目すべき俳優10人”にも選ばれた。彼女が演じたクローンたちは顔こそ同じだが、アクセントや動きのクセまで1人ひとり違い、本当に同じ俳優が演じているのか疑ってしまうほどだ。さまざまな役柄に挑戦し、そのたびに印象をがらりと変える俳優は多くいるが、それを1つの作品でやってのけるとなると話は違ってくる。タチアナ・マズラニーはこの難役を見事に演じきり、2015年と2016年、2018年にはエミー賞ドラマ部門主演女優賞にノミネート。そのうち2016年に受賞を果たし、名実ともにスターになった。

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