個人と人生とのかかわりを観客に問い直す “一歩先”の“感動作”『アプローズ、アプローズ!』

 もちろん、囚人全体を必要以上に危険視することは、差別や偏見につながる可能性があるし、そのなかにもいろいろな人物が存在することも確かだ。そのなかには、不当に逮捕され断罪された者もいるかもしれない。しかし、強盗などの凶悪な罪を犯して、まだ司法上のつぐないの途上にある人々を、ただ親しめる存在として無邪気に描くというのは、倫理的に疑問を感じるところもある。その点で本作では、ただならぬ雰囲気を持っていたり、どんな行動を取るか分からない囚人たちがいるなど、絶えず緊張感を漂わせながら物語を進めていくところが興味深い。

 囚人たちは、この舞台を通して、生きる意味を見出したり、刑務所内で非人間的な扱いを受けるなかで失っていった、人間としての尊厳を取り戻していく。このように、囚人たちの舞台が成功し、更生や社会復帰の助けとなるところは歓迎すべきだが、一方で、彼らが脚光を浴びることに対し、「被害者の感情もある」という否定的な意見が作中で飛び出すのも理解できるところだ。

 映画は、観客にカタルシスをもたらすために、いろいろな立場の者たちを善人として描いてきた。だが、今回のように囚人たちが何人も登場し、社会とのかかわりを描く作品において、そのような描き方をしてしまえば、ストーリーの都合のために実情を軽視することになってしまうのではないか。それは逆に、登場人物を感動のためのコマとして、人間扱いしていないのではという疑問も出てきてしまうところだ。

 その意味で、囚人を人間的に描きながらも、あくまで寄り添い過ぎない視点で撮られている本作の姿勢は、現実的で真摯なものであるとともに、人間の存在に迫るという点においても、一歩以上進んだものになっているといえるのではないか。それは、不条理でありながらも、そこで生きる人間の弱さ、醜さ、そして愛おしさをも描写している『ゴドーを待ちながら』に接近することでもある。

 そうなってくると問題になるのが、果たしてその内容で観客の心を動かすような結末を用意することができるのかという点である。ここでは、もちろんその内容を明かすことはしないが、本作の行き着く先に、誰もが涙できるような、単純で分かりやすい“感動”が存在しないことは確かだ。

 しかし、それこそが人生なのではないか。人間の生き方には正解はなく、“ハッピーエンド”で終わる人生など、ほぼ存在しない。そして多くの人生において、幸福ばかりが訪れないのと同様、不幸のなかに幸福が訪れることがあることもまた頷けるところだ。本作がたどり着く“感動”には、そのような人生の“不条理”を引き受ける覚悟があるように感じられる。世の中は不条理で、人間の存在にも意味はない……それをまず飲み込んでこそ、ドラマに真実の重みが宿るのではないか。ここまでくると、主人公をカド・メラッドのような深みを持った俳優が演じなければならなかった理由も分かってくる。

 本作の舞台の場面では、一人の囚人の出演者が勝手に舞台上に現れ、“ゴドー”として登場してしまうハプニングが映し出される。不条理演劇の枠組みを崩すような暴挙だが、この場面は、まさに不条理な出来事に、人間の意志や希望を追加することで奇跡を起こそうとする、本作の結末につながるところがある。

 人生に意味はなく、人間の存在も不毛なのかもしれない。そして、それをそのまま理解することは勇敢な姿勢であり、同時に悲観的だともいえるかもしれない。だがその上で、『ゴドーを待ちながら』の舞台に現実の受刑者たちが涙するのと同じように、ときに無為に感じられる世の中に個人的な生きがいや意義を見出すこともまた可能なのである。本作はその意味で、“演劇”という題材を飛び越え、個人と人生とのかかわりを観客一人ひとりに問い直す一作になったといえるだろう。

■公開情報
『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』
7月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほかにて公開
出演:カド・メラッド、タヴィッド・アラヤ、ラミネ・シソコ、ソフィアン・カーム、ピエール・ロッタン、ワビレ・ナビエ、アレクサンドル・メドヴェージェフ、サイド・ベンシナファ、マリナ・ハンズ、ロラン・ストッカー
監督・脚本:エマニュエル・クールコル
製作:ダニー・ブーン
共同脚本:ティエリー・カルポニエ
撮影:イアン・マリトー
音楽:フレッド・アブリル(サウンド・オブ・ノイズ)
主題歌:ニーナ・シモン「I Wish Knew How It Would Feel to Be Free」
配給:リアリーライクフィルムズ/インプレオ
2022年/フランス映画/105分/フランス語/シネマスコープ 2.29:1/5.1ch/DCP・Blu-ray
(c)2020 – AGAT Films & Cie – Les Productions du Ch’timi / ReallyLikeFilms

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