まるで抜き打ち“韓国作品習得度テスト”!? 『ベイビー・ブローカー』豪華配役が持つ意味とは

ソン・セビョク『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』(tvN公式サイトより)

 赤ちゃんポストに預けられた子どもを養護する施設で働くユン・ドンス(カン・ドンウォン)は、自身も児童養護施設で育った。途中で立ち寄る彼の“ホーム”で3代目の園長を務めるのは、ソン・セビョク。主に映画の出演が多く、ドラマの出演は、IUことイ・ジウンが主演した『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』が初めてだった。登場シーンからサッカーをしているのも、イ・ジウンと再共演しているのも『マイ・ディア・ミスター』のファンには感涙だが、このドラマの中でソン・セビョクが演じた3兄弟の末っ子ギフンは、短編映画がカンヌ映画祭で受賞し注目されたものの、短気さが災いして挫折中の映画監督という設定。最終話で、ギフンが兄のドンフン(『パラサイト 半地下の家族』のイ・ソンギュン)に、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年、柳楽優弥がカンヌ映画祭主演男優賞を受賞)について語るシーンがある。「母親に置き去りにされ子どもだけで暮らす話で、胸が痛くて観ていられなかった。でも観てよかった。子どもたちは意外と力があった」と語る。『マイ・ディア・ミスター』は、若いながら人生の底を打ったような状況に置かれている、今の言葉でいう“ヤングケアラー”のジアン(イ・ジウン)が、ドンフンや周りの人々との触れ合いを通じて安らぎに至る(至安=ジアン)物語。『誰も知らない』が想起の発端になっていることをほのめかす素晴らしいシーンだ。『ベイビー・ブローカー』にも、擁護施設から着いてきてしまう少年のヘジン(=海進)と、ソヨンが子どもに名付けたウソン(=羽星)の名前の由来を話すシーンがある。『ベイビー・ブローカー』のフランス版タイトルである『La Bonne Etoile』は良い星、幸運の星を表し、韓国語の語感では“ウソン”もそのように取れるという。施設出身のドンスに対し、後輩が「ドンスさんは希望の星です」というセリフがあり、ウソンとドンスをLa Bonne Etoileという呼び名で重ねている。

キム・ソニョンとペ・ドゥナ『静かなる海』Netflixにて配信中

 養護施設園の寮母役には、『愛の不時着』で北朝鮮の人民班長ウォルスク役を演じたキム・ソニョンがキャスティングされている。近々では映画『三姉妹』(2022年)にも主演し、ペ・ドゥナと前述のイ・ムセンと『静かなる海』でも共演している。イ・ドンフィとは『恋のスケッチ ~応答せよ1988~』で共演。

パク・ヘジュン『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』(tvN公式サイトより)

 サンヒョンとドンスが子どもを斡旋する夫婦の夫役には、『夫婦の世界』で“韓ドラいちの嫌われ役”という名誉を得たパク・ヘジュンが扮している。『夫婦の世界』以外では『ミセン~未生~』などに出演、『マイ・ディア・ミスター』には、イ・ジウン演じるジアンとの直接の絡みはないが、ドンフン(イ・ソンギュン)の友人の僧侶役で出演していた。

 このほかにも、韓国映画、韓国ドラマファンならば気づく、たくさんの名優たちが出演している。『ベイビー・ブローカー』では、ソン・ガンホとカン・ドンウォンが演じるブローカーたちの過去やこの稼業を始めた理由は描かれない。物語の推移と観客が作品から受け取る感情を牽引するスジン(ペ・ドゥナ)は、ダイナミックキャラクターと呼ばれる、2時間の映画を経て変化する役柄だが、彼女のバックグラウンドの詳細も描かれない。

イ・ジウン(IU)『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』(tvN公式サイトより)

 是枝監督はパンデミック中に韓国ドラマにはまり、『マイ・ディア・ミスター』のイ・ジウン(ジアン役)をキャスティングしたと認めている。このドラマを観た人なら誰でも想像するように、ソヨンは、ジアンのオルターエゴである。『マイ・ディア・ミスター』の最後に、大人たちは、誰が見ても“かわいそうな状況”にあるジアンが持つ潜在的生命力、自然治療力を信じてあげようというメッセージが結ばれているのは、前述した通り。そのジアン(ソヨン)を、心が安定する場所(至安)に導くのがこの映画で、底を打った状態に置かれている『マイ・ディア・ミスター』から、彼女を乗せた観覧車は空中で最も高い場所に昇っていく。演じているイ・ジウンを通じて、ジアンにも『ベイビー・ブローカー』の中でヘジンがかけた言葉を贈ってあげたい。

『ベイビー・ブローカー』(c)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

 ソン・ガンホとカン・ドンウォンは2010年の映画『義兄弟 SECRET REUNION』で共演している。この映画をバックストーリーと考えると、突然現れるサンヒョンの娘や、ドンスが自分と同じ境遇の孤児を売る仕事に手を染めている理由などをこじつけて想像できる。意志が強い刑事役=ペ・ドゥナを強く印象付けた『秘密の森』のヨジンは、もしもシモク(チョ・スンウ)と出会わずに可視化されない深い森を探索することがなければ、映画冒頭のスジンのように社会で常識とされる理念をもって職務を全うしていただろう。余談だが『Next Sohee』でのペ・ドゥナの役名もヨジンで、事件を追うことで現代社会の闇に触れる刑事役を演じている。脇を固める豪華キャスティングからも、同じような想像をして楽しむことができる。『応答せよ1988』のドンリョン(イ・ドンフィ)は、焼肉居酒屋経営の傍らで演技力を発揮するアルバイトをしているかもしれない。キム・ソニョン演じる養護施設の寮母は、『愛の不時着』で異世界から降臨してしまったユン・セリ(ソン・イェジン)を厳しくも温かく受け入れたように、孤児たちを育てるだろう……。

 約2時間の映画は、独立する存在(スタンドアローン)として観客を楽しませることが大前提にある。昨今の邦画には、1本の映画が与える満足感を高めるためか、過剰にわかりやすく、全てを説明する作風が増えている。そのため有名原作があるもの、ヒット作の続編も多い。是枝監督のようにオリジナル脚本で映画を作るのは、とても難しくなってしまっている。だが、映画作家は何もないところから完全にオリジナルな作品を生み出すのではなく、彼らの中に脈々と蓄えられている他作品の影響や社会で起きていることを掬い取り、連綿と流れる映画史に属する1本として、映画を作っている。

カンヌ国際映画祭に集結した『ベイビー・ブローカー』キャスト・スタッフ陣(Photographs by Earl Gibson III / HFPA)

 ロードムービーである『ベイビー・ブローカー』で、彼らを乗せたバンが旅先で韓国映画、韓国ドラマ界の名優たちの姿を拾っていくように、是枝監督が韓国作品から得たものを紡いでいったのが、今作なのではないだろうか。ともすると、擬似家族の彼らが大切に運ぶ「遠くまで飛び立てるように」と名付けられた赤ちゃんのウソン(=羽星)は映画のことだ。人間が血筋のみで生かされているわけではないように、映画も直接の関係がないさまざまな影響を受けて育つものである。そして、オール韓国キャスト・スタッフという“擬似家族”に、言語・文化の壁を超えて参加した是枝監督が、ウソンなのだとも取れる。『誰も知らない』が『マイ・ディア・ミスター』につながり、ドラマが『ベイビー・ブローカー』にインスピレーションを与え、この映画が世界のどこかでまた新しい映画や映画作家にヒントを与えていく。ペ・ドゥナ演じるスジンが最後に言う「ウソンの未来について、みんなで話し合いたいです」というセリフをこの仮説に当てはめると、是枝監督らがいま行っている映画業界の改革や、カンヌをはじめとした映画祭の存在意義にもつながっている。

『ベイビー・ブローカー』フランス版ポスター (c)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

■公開情報
『ベイビー・ブローカー』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
製作:CJ ENM
制作:ZIP CINEMA
制作協力:分福
提供:ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.
配給:ギャガ
(c)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

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