『犬王』と『平家物語』を貫く“語る者”たちの存在　世界の無常に抗い続けるために

「語る者」が主人公であること

　『犬王』は語る者が主人公だ。犬王と友魚はともに平家の亡霊と関わりがあり、知られずに埋もれてしまった者たちの物語を紡ぐ。

　「語る者」を主人公に置いたのは、山田尚子監督のTVアニメシリーズ『平家物語』も同様だ。こちらは、オリジナルのキャラクター「びわ」を創作し、平家の滅亡を目撃した少女を通して描かれる。

　『平家物語』原作を読むと、語られる内容の面白さもさることながら、語り口そのものの強烈さに打ちのめされる。その時々の琵琶法師たちの感情や勢いがそのままに書かれたような文体である。

　山田尚子は『平家物語』をアニメ化するにあたり、「これはつまるところ、琵琶法師の、人生なのではないか」と脚本の吉田玲子に語ったそうだが（※2）、この物語を「語り継ぐ者」に注目する態度に、私たちは何を感じるべきだろうか。

　『犬王』の友魚と犬王は、なぜ平家の物語を語ろうとするか。それは亡霊たちが「俺たちのことを忘れるな」と訴えてくるからだ。滅びの運命を知ってなお、その目で見て、彼らの生き様を語り残そうとしたびわも同じことを思った。彼らのことを忘れずに語り継ぐのだと。

　「語る者たち」はなぜわざわざ語るのか。そして、滅んだ者たちはどうして忘れられたくないと思うのだろうか。この世界は諸行無常で盛者必衰だ。誰もがいつかはいなくなる。誰しもに平等に訪れる滅びにわざわざ抗おうとするのはどうしてなのか。

　それはきっと、悔しいからじゃないだろうか。世界は無常でどうしようもないけれど、少しでも抵抗したいのだ。世界の無常に人間が抵抗できる唯一の方法が、「語り継ぐ」なのではないか。「語り継ぐ」というのは、世界に抗おうとする気迫なのだ。

　『犬王』にはその気迫が満ちている。音楽にも、映像にも「黙って滅んでたまるかよ」という強烈な感情があふれ出ている。

　犬王のパフォーマンスは結果として、歴史に残ってはいない。しかし、誰かがその名前だけは語り残した。かろうじて残った彼の名前を元に、その魂を掘り起こしているのが『犬王』という作品だと言える。ほとんどわかっていない、葬り去られた者たちの魂を掘り起こす作業をやっていた犬王と友魚と同じ作業を、現代の古川氏と湯浅監督はやっているのである。

　『平家物語』が描くように、この世界は諸行無常で盛者必衰だ。ちっぽけな人間がそれを覆す術はない。しかし、それでも抗う心は失わない。その心を失わなければ、魂は残り続ける。「語り継ぐ」意思だけが無常の世界に抗う術なのだと、この映画は訴えているのだ。

参照

※1.『平家物語　犬王の巻』河出文庫、P203
※2.『わたしたちが描いたアニメーション「平家物語」』、河出書房新社、P11

■公開情報
『犬王』
全国公開中
声の出演：アヴちゃん（女王蜂）、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊、片山九郎右衛門、谷本健吾、坂口貴信、川口晃平（能楽師）、石田剛太、中川晴樹、本多力、酒井善史、土佐和成（ヨーロッパ企画）
原作：『平家物語 犬王の巻』古川日出男（河出書房新社刊）
監督：湯浅政明
脚本：野木亜紀子
キャラクター原案：松本大洋
音楽：大友良英
総作画監督：亀田祥倫、中野悟史
キャラクター設計：伊東伸高
アニメーション制作：サイエンスSARU
配給：アニプレックス、アスミック・エース
(c)2021 “INU-OH” Film Partners
公式サイト：inuoh-anime.com
公式Twitter：＠inuoh_anime

■配信情報
『平家物語』
FODなど各配信サイトで配信中
声の出演：悠木碧、櫻井孝宏、早見沙織、玄田哲章、千葉繁、井上喜久子、入野自由、小林由美子、岡本信彦、花江夏樹、村瀬歩、西山宏太朗、檜山修之、木村昴、宮崎遊、水瀬いのり、杉田智和、梶裕貴
原作：古川日出男訳 『池澤夏樹＝個人編集 日本文学全集09 平家物語』河出書房新社刊
監督：山田尚子
脚本：吉田玲子
キャラクター原案：高野文子
音楽：牛尾憲輔
アニメーション制作：サイエンスSARU
キャラクターデザイン：小島崇史
美術監督：久保友孝（でほぎゃらりー）
動画監督：今井翔太郎
色彩設計：橋本賢
撮影監督：出水田和人
編集：廣瀬清志
音響監督：木村絵理子
音響効果：倉橋裕宗（Otonarium）
歴史監修：佐多芳彦
琵琶監修：後藤幸浩
(c)「平家物語」製作委員会
公式サイト： HEIKE-anime.asmik-ace.co.jp
公式Twitter：@heike_anime