“レジェンド”TVアニメシリーズがついに一挙配信 『ザ・シンプソンズ』のハイレベルな魅力
個性あふれるキャラクターたち
動画が気持ちよく動くのも嬉しい。とくに注目してほしいのは、セリフを喋るときの顔の動きだ。『ザ・シンプソンズ』は、一見すると単純な絵柄で顔が表現されているが、まばたきしたり、口元が複雑な動きをしていたりなど、目まぐるしく表現される動作によって、その魅力が高められている。最初に絵柄を見て、それほど惹きつけられなかった視聴者も、キャラクターの心情が投影された複雑な仕草によって、登場人物に愛着が持ててくるはずである。
大食漢でとぼけたホーマー、家族のわがままに振り回される妻のマージ、ツンツンヘアーでイタズラ好きの息子バート、リベラルな政治思想で活動家の妹リサ、まだ喋れずおしゃぶりが手放せないマギー、そして犬のサンタズ・リトルヘルパー、猫のスノーボールII(スノーボール一世は交通事故で死去)、そして劣悪な老人ホームに住んでいる、ホーマーの父エイブと、シンプソン一家は、それぞれに個性的で魅力がある。
他にも、隣の家に住む敬虔なキリスト教信者、不倫が生き甲斐になっている市長、マザコンの小学校校長、魅力的な男を探し求めている女性教師、現実の世界で「人種的ステレオタイプ」と批判されたインド系のコンビニ店長、猫を投げつけて奇声を発する高齢女性、守銭奴の牧師、電気コードをベルトにしているいじめっ子、明るい性格の無免許医などなど、個性的で、どこかにいそうなリアリティあるキャラクターが、どんどん登場し、物語を盛り上げるのだ。
大勢の大物ゲスト声優も名物となっている。マイケル・ジャクソン、スティーヴン・ホーキング博士、レナード・ニモイなど、いまは亡き有名人たちの貴重な出演や、レディー・ガガ、ベネディクト・カンバーバッチ、オリヴィア・コールマンなどの現在注目されている面々、ヴェルナー・ヘルツォーク監督、ロン・ハワード監督、J・J・エイブラムス監督など、映画監督もよく出演している。ある意味、『ザ・シンプソンズ』に出ること自体が、成功の証になっているといえよう。
2020年にアメリカで放送された、シーズン31のエピソード「ネタバレ少年バート」は、ディズニー買収の影響を思わせる、『アベンジャーズ』シリーズの全面的なパロディが展開する。バート・シンプソンが、ヒーローチームが敗れるという衝撃展開で終わるアクション映画の続編をいち早く観たことで、ネタバレを恐れる町の人々を脅してまわり、王様のような生活を送るという内容だ。このエピソードでは、マーベル・スタジオのプロデューサー、ケヴィン・ファイギ、ルッソ兄弟監督が出演している。
過激なユーモアと社会風刺
一家の父親ホーマー・シンプソンは、間の抜けたキャラクターで、一日中トラブルを起こしている。そんな彼は、町にそびえる原子力発電所の安全検査官という、最も向いていない職に就いている。居眠りや勘違いなどで、原子炉がメルトダウンする危機に陥るエピソードは、一度や二度ではない。緊張感のない職場では、光を放っているウランの燃料棒を『スター・ウォーズ』のライトセイバーに見立て、チャンバラをして遊ぶ光景も見られる。
シーズン2「バーンズ知事選に出馬!!」では、そんな原子力発電所のオーナー、モンゴメリー・バーンズが知事に立候補することとなる。原発のすぐ近くの水域で見つかった、おそらくは汚染による影響で目が3つになった魚が発見され、大スキャンダルとなるが、バーンズはその魚を「未来のスーパーフィッシュだ」と言ってごまかし、食べても問題はないと主張することで、安全性を訴える。しかしバーンズが選挙民にアピールするTV中継中に、その魚が料理として目の前に出され、彼はそれを食べるように迫られることとなる。
このような皮肉の効いた描写は、原発に危険性がありながら看過されていることや、それを「安全」だとして利益を得ようとする無責任な政治家の姿を、痛烈に批判するものだ。果たして日本のクリエイターやメディアに、こんな表現ができる者がどれだけいるだろうか? 市民の日頃の疑問や社会の問題を、ここまで過激に表現できるアニメ作品は稀有だといえよう。『サウスパーク』や『ファミリー・ガイ』など、その後同様の過激なアニメシリーズも話題となったが、その基になった元祖が、『ザ・シンプソンズ』なのである。
その批判精神はさらに受け継がれる。本シリーズの脚本家であるマイケル・プライスは、70年代アメリカの、人種・女性差別がまかり通り、封建的な価値観が支配する社会を、皮肉を込めてアニメ化した『FはFamilyのF』(Netflix配信)を発表している。
『ザ・シンプソンズ』の予言
このような社会風刺は、思いもかけないところで現実と繋がることもある。インターネットでは、何度もそういった指摘によって騒がれ、アニメとの一致を「予言」だと言う者もいる。
例えば、アメリカで2000年に放送された、シーズン11のエピソード「リサ大統領のホワイトハウス」では、優等生リサ・シンプソンが大人になってアメリカ大統領に就任するという、未来の物語が描かれる。そんな彼女の前任が、大富豪のドナルド・トランプだと劇中で語られるのである。最も大統領に相応しくない人物が大統領になるという不条理ギャグとして描いたと脚本家が言っているように、当時は「そんなことがあったら世も末だ」と視聴者を笑わせていたが、これが本当に起こってしまうとは、このとき誰が予想していただろうか。
ちなみに、ここでリサ大統領の着ていた紫色のスーツが、バイデン大統領就任時、副大統領に任命されたカマラ・ハリス氏の就任会見時の服装にそっくりだという話もある。
シーズン4「マージの逮捕」では、日本発祥の「オオサカ風邪」がアメリカに蔓延するという描写があり、これが、アジア圏から新型コロナウイルスが広まったことを思い起こさせるという指摘もある。このエピソードでは日本の工場が登場し、そこで働く日本人の従業員が「風邪をひいていることを上司に言わないでくれ」「俺なんか骨盤が砕けたまま働いてる」と会話するなど、日本人の異様な勤勉さが風刺されている場面もあって楽しい。
製作者のアル・ジーンは、このような作品の内容が現実と重なっている「予言」について、あくまで偶然だと述べている。とはいえ、偶然がいくつも生まれる背景には、『ザ・シンプソンズ』に豊富なエピソードがあること、そして、描かれていることが、一見荒唐無稽に見えて、現在の社会とつながりが深い現実的な要素が含まれているからだといえよう。
シンプソン一家や、キャラクターたち一人ひとりの視点で描かれる、アメリカの日常やアメリカの文化、そして分かりやすく風刺化された社会の仕組みや思想は、われわれの目に興味深く映ると同時に、世界の異なる見方を与えてくれる。とくに、日本ではあまり重要視されない個人主義的な考え方や、体制を疑って自分の頭で考えることの重要性を気づかせるのが、本シリーズの特徴だ。それは、シリーズを生み出したマット・グレーニングたちをはじめ、かかわった多くのクリエイターたちの自由な発想や、反抗精神が内容に色濃く反映しているからだ。
日本では、さまざまな事情から、ファンが根付きにくかった『ザ・シンプソンズ』。これまでになく容易な状態で視聴できるようになった、このタイミングを逃さず、一度離れてしまったファンはもちろん、新しく本シリーズに触れる視聴者も、ぜひ一度鑑賞してみてほしい。そして、シンプソン一家とともに、新たな世界、さまざまな考え方を体験する人々が増えてくれれば、これほどうれしいことはない。
■配信情報
『ザ・シンプソンズ』シーズン32
ディズニープラス「スター」にて配信中
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