『ドクター・ストレンジMoM』で顕在化するMCUドラマの重要性 繋がりと戦略を考える

 5月4日に公開が迫った『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の映像が続々と公開されている。これまでどの作品でもサプライズを用意してきたMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品だが、今回は少し様相が違うと感じている人も多いのではないだろうか。その要因は、まぎれもなくディズニープラスで独占配信されているMCUのドラマシリーズやアニメーションシリーズの存在にある。これから公開される映画を観るうえで、それらの作品群が予備知識として重要になってきそうだからだ。

 ここでは『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(以下、『ドクター・ストレンジMoM』)の予告編から、ディズニープラス配信作品との関連を探り、その重要性を考えていこう。

『ドクター・ストレンジ』新作とディズニープラス独占配信MCU作品のつながり

 まず気になるのは、タイトルにも入っている「マルチバース」という概念だ。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(以下、 『スパイダーマン:NWH』)を観た人であれば、その概要はつかんでいるかと思うが、簡単に言えば「宇宙には無数の似たような、しかし微妙に異なる世界がある」という考え方のこと。日本では「パラレルワールド」と言ったほうがなじみ深いだろう。もともとは理論物理学の論説の1つだが、アメコミでは、クリエイターが変わっても人気キャラクターを別の設定で別の作品に登場させることができる、便利なエクスキューズとして使われてきた側面がある。

 『スパイダーマン:NWH』では、そのマルチバースを隔てる境界線が崩れたことによって大変な事態になったわけだが、今回の『ドクター・ストレンジMoM』でも同様のこと、いやそれ以上のことが起こると予想されている。MCUのマルチバースを理解するうえでもう1つ重要な作品が、ディズニープラスで配信されているアニメーションシリーズ『ホワット・イフ…?』だ。さまざまな「もしも~だったら?」という可能性を描いたこのシリーズは、それぞれ無関係に見えていた1つ1つのエピソードが最終話で見事につながり、『スパイダーマン:NWH』よりも先に「マルチバースとはこういうものだ」と視聴者に理解させた。さらに、ほかの世界に住む“別の自分”については、ドラマ『ロキ』でも描かれている。マルチバースについてより深く知りたい人は、これらのシリーズも視聴しておいたほうがいいだろう。

「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」特別映像

 2月14日に公開された特別映像では、邪悪な姿をした“もう1人のドクター・ストレンジ”がフィーチャーされている。このキャラクターもまた『ホワット・イフ…?』に登場しており、アニメシリーズで彼の存在を知ったファンは、彼の映画への登場に驚きと歓喜の声をあげた。逆に言えばアニメシリーズを観ていない人たちはこのキャラクターがいったい何者なのか、どんなバックグラウンドを持っているのかわからないまま映画を鑑賞することになるだろう。もちろん本編でなにかしらの説明はあるだろうが、なにぶん登場キャラクター、登場すると思われるキャラクターが多いため、そこまで掘り下げるのは難しそうだ。彼に興味を持った観客は、やはり『ホワット・イフ…?』で知識を補完する必要がある。

ドラマ『ワンダヴィジョン』について見解の相違も

『ワンダヴィジョン』ディズニープラスにて配信中(c)2021 Marvel

 『ドクター・ストレンジMoM』の重要キャラクターの1人に、ワンダ・マキシモフがいる。映画シリーズでは『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)以来の登場となる彼女だが、その変化に驚いた人もいるのではないだろうか。これまでの映画シリーズで、彼女はいわゆるヒーロー然とした衣装を着ていなかった。しかし本作の予告編では、赤い角のようなものがついたティアラと真っ赤なスーツ、そしてマントを身にまとっている。ワンダになにが起こったのか?実はこの変化は、ドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』の物語に深く起因している。ほかにも彼女を訪ねてストレンジがやって来る場所や、彼の「ウエストビューの話をしにきたのではない」というセリフも、ドラマシリーズと関わりがあることが同作の視聴者にはピンとくるだろう。

 しかしマーベル・スタジオの社長ケヴィン・ファイギは、「『ワンダヴィジョン』を観ていなくても『ドクター・ストレンジMoM』は問題なく楽しめる」と言っている。2021年2月に開催された米テレビ批評家協会での発言によると、彼は『ドクター・ストレンジMoM』の監督であるサム・ライミをはじめとするスタッフたちと綿密な話し合いを重ね、同作が誰にでも“理解しやすい”作品になるように努めたという。しかし、フェーズ3までそれぞれのヒーローの物語を丁寧にクロスオーバーさせ、すべての作品を熱心に追ってきたファンたちに“ごほうび”を与えてきたのがMCUだ。『ドクター・ストレンジMoM』がライトなファン層も充分楽しめる作品だったとしても、ドラマシリーズまで追っている観客のほうがそれ以上に楽しめることは間違いない。

『ワンダヴィジョン』ディズニープラスにて配信中(c)2021 Marvel

 一方で、ワンダを演じるエリザベス・オルセンは、そんなファイギの発言に異議を唱えている。2021年7月にTHE WRAPに掲載されたインタビューで、彼女は「『ドクター・ストレンジ』の続編は、『ワンダヴィジョン』を観ていないと意味がわからない」と発言した。「ドラマでの出来事が、映画での彼女の立ち位置に直接つながっている」というのだ。たしかに前述のとおり、予告編のワンダの姿は『ワンダヴィジョン』の視聴者には見覚えがある。なぜ彼女がその姿をしているのか、その経緯も知っている。“邪悪なドクター・ストレンジ”と同じく、映画内でもそれなりに説明があるだろうが、やはりキャラクターに対する理解の深さは違ってくるだろう。オルセンは、自分が向き合ってきたキャラクターを観客にもしっかりと理解してほしいと感じるからこそ、こういった発言をしたのではないだろうか。

『ワンダヴィジョン』ディズニープラスにて配信中(c)2021 Marvel

 結局のところ、どの程度の理解度で作品を楽しむかは観客に委ねられているのだ。ファイギの言うとおり、本作はMCUやドクター・ストレンジ、ワンダについてなにも知らなくても楽しめる作品になっているのだろう。しかしオルセンが言うように、作品やキャラクターを深く理解するためには、ディズニープラスのドラマシリーズやアニメシリーズで描かれたそれぞれのキャラクターのバックグラウンドや、置かれている状況を把握しておくことが重要になってくる。

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