犯罪者の視点から監禁を描くハードなサスペンス 『マヤの秘密』は観客の内面を揺るがす

 本作のサスペンスはそんな真実の行方だけでなく、マヤによる誘拐・監禁が外の人々にバレるかどうかという点も、緊迫感を持って描かれていく。地下室では脱出するために、男が死に物狂いになっているし、近所では男が突然姿を消したことから、警察が捜査を始めている。マヤは、そんな状況下で真実に迫らなければならないのだ。

 「サスペンスの巨匠」と呼ばれるアルフレッド・ヒッチコック監督は、自作『サイコ』(1960年)での演出について、興味深い見解を語っている。この作品では、ある凶悪な犯罪を隠蔽しようとする人物が証拠を消すため、被害者の乗用車を沼に沈めようとするシーンが存在する。しかし車は沈みきらず、一部分が沼から飛び出ている状態で止まってしまうのである。面白いことに観客は、その人物が間違ったことをしていることを知りながら、思わず「沈んでくれ」と願ってしまうというのである。その瞬間、観客は犯罪者側に感情移入し、隠蔽に加担していることになるのだ。

 犯罪者側の視点から、監禁を題材にした映画には、『コレクター』(1965年)や『ザ・バニシング -消失-』(1988年)、『ファニーゲーム』(1997年)など、少なくない作品が存在するが、そんな倫理を逸脱した人物ですら、観客は思わずその心理に寄り添ってしまう瞬間がある。そういった意味では、本作のマヤのようにナチスに虐げられていたという、同情すべき点のある者の犯罪を応援しながら観てしまうというのは、不思議なことではない。

 説明しなければならないのは、マヤの出自である、ヨーロッパの各地で移動しながら生活する「ロマ民族」の話である。ナチスドイツの歴史的犯罪といえば、多くの人がユダヤ人大量虐殺を思い浮かべるが、当時犠牲となったのはユダヤ民族だけではなかった。それ以外にも、障がいのある人々やホームレス、性的少数者、そして「ロマ民族」もまた、ナチスによる差別によって、強制労働や人体実験、大量虐殺の対象となったのである。

 虐殺を生き残ったマヤのような人々は、新たな生活の場所を求めて、これまでの生き方を捨てて各地に移り住むこととなった。そのなかには、自衛のため出自を隠して新しい環境に溶け込もうとする人が少なくなかったはずだ。しかし、民族や家族が受けた悲劇の記憶や、迫害された人々の負の感情は、いつまでも消え去ることはない。本作の物語は、その前提に成り立った物語であり、マヤの不安定な精神状態と底知れぬ怒りは、被害に遭った人々の苦しみを代弁するものでもあるのだ。

 そんな歴史の重みを知った上で、次第にエスカレートしていくマヤの行為をどこまで許容できるのかについては、観客によって感覚が異なるはずである。このように観る者の感情に作用し、善悪の基準を映画から問われることこそが、本作が観客の内面を揺るがせるという意味での“サスペンス”といえるのではないだろうか。マヤの行動を追体験した先にある結末を、どうとらえるのか? それは、観客一人ひとりに投げかけられた問いなのである。

■公開情報
『マヤの秘密』
2月18日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:ユヴァル・アドラー
出演:ノオミ・ラパス、ジョエル・キナマン、クリス・メッシーナ、エイミー・サイメッツ
製作総指揮:ノオミ・ラパス
製作:ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ、エリク・ハウサム
音楽:ジョン・パエサーノ
配給:STAR CHANNEL MOVIES
2020年/97分/アメリカ/英語/カラー/シネスコ/5.1ch/G/原題:The Secrets We Keep/日本語字幕:片野佑介
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公式サイト:maja-secret.com
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