【ネタバレあり】“グループセラピー”と“ニューヨーク”から紐解く『スパイダーマンNWH』

 『スパイダーマン:スパイダーバース』においても、アフリカ系とヒスパニック系のミックスである主人公のドラマと、様々なルーツをもった人々が暮らすニューヨークの都市性が、2Dと3Dアニメーションのミックス、様々なテクスチャーがひとつの画面に収まっているアニメーションで表現されている。このように「親愛なる隣人」のスパイダーマンを描く上で、ニューヨークの都市性を描くことは重要な意味を持つが、ジョン・ワッツ監督のMCU版『スパイダーマン』の「ホーム3部作」において、ニューヨークの存在は希薄である。その理由は、トム・ホランドが演じるピーター・パーカーの安らぎの場所が「クライスラービル」でも「エンパイア・ステート・ビル」でもなく「学校の屋上」だったことにも顕著で、「ホーム3部作」は徹底して学園ドラマだからである。

 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で登場が期待されていた6人組の犯罪チーム「シニスター・シックス」だが、惜しくも本作で集合したのは5人のみであった。もちろん、ヴェノムが6人目だったという見方もできるが、それ以外で6人目のヴィランがいたとするなら、それはミステリオの影としてのデイリー・ビューグル=メディアだろう。「ホーム3部作」のニューヨークの人々は、その存在感の希薄さゆえに、容赦なくピーター・パーカーに襲いかかり、彼の唯一の拠り所である学園にも侵食していく。これは『スパイダーマン:ホームカミング』の時点から、アベンジャーズへの参加を拒否してまでも「親愛なる隣人」として、ワーキングクラスのヒーローであろうとしたピーター・パーカーには辛い展開だろう。無論、ここには若くして成功したティーンエイジャーのポップスターが、ソーシャルメディアの狂騒に巻き込まれてしまう悪影響、メンタルヘルスの問題が反映されている。ピーター・パーカーのケアは「グループセラピー」に託され、まるで2020年代の世界において、都市との連帯を希望として描くことは不可能と言わんばかりに、ニューヨークとの和解が描かれることはない。デジタルタトゥーの問題に対する解決策が「忘却の魔法」しかないというのも笑えない皮肉である。それほどデジタルタトゥーの問題は厄介なワケだが、その魔法ゆえに、ピーター・パーカーは自身の匿名性を取り戻し、学校から街へと飛び出していく。彼を駆り立てるもうひとつの魔法は、ニューヨーク出身の3人組ヒップホップユニットであるデ・ラ・ソウルの「The Magic Number」で歌われているとおりだろう。MCUの『スパイダーマン』でニューヨークの街が描かれていくのは次作以降なのかもしれない。

 匿名性を取り戻したスパイダーマンのマスクの下には、ニューヨークで暮らすありとあらゆるルーツをもった人々の顔がある。エレクトロことマックス・ディロンの言ったとおり、「スパイダーマンは黒人かと思っていたよ」という希望も、この世界にはある。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』において、ポスト・トゥルースとディープフェイクの時代にヒーロー映画を作ることの「大いなる責任」を批評的に描いていたMCUは、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で映像という「大いなる力」を使って、3人のスパイダーマンを集結させてしまった。スパイダーマンがピーター・パーカーであるという事実と、過去作を通してマルチバースの全体像を把握している観客は『ホワット・イフ...?』に登場したウォッチャーに近い存在になりつつある。そうなれば、観客がMCUの世界に直接働きかける日も近いのかもしれないーーフェーズ4以降のMCUは、どんどん映画ではない“何か”になっている。

■公開情報
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』
全国公開中
監督:ジョン・ワッツ
脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ
製作:ケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジョン・ファヴロー、ジェイコブ・バタロン、マリサ・トメイ、アルフレッド・モリーナ、ウィレム・デフォー、ジェイミー・フォックス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題:Spider-Man: No Way Home
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