『ギャング・オブ・アメリカ』が描く“灰色の世界” 監督が伝説のギャングを映画化した理由

 マイヤー・ランスキーという名を知っているだろうか。彼は“リアル・ゴッドファーザー”とも言うべき、実在した伝説のアメリカのギャングだ。ユダヤ系ロシア人として生まれたランスキーは、アメリカに移住後、不良グループのボスだったラッキー・ルチアーノと知り合い、犯罪の世界へ。殺し屋集団「マーダー・インク」の設立に関わり、全米犯罪シンジケートを立ち上げ、ヤミ賭博の拠点を築くなど、裏社会に君臨。1983年に亡くなった際には、3億ドル以上の資産を残したと言われるも口座は発見されず、未だその資産の真偽は明らかになっていない。

 映画『ギャング・オブ・アメリカ』はそんなランスキーの半生を映画化した一作だ。自身の死期を悟ったランスキーが、伝記を残すために、作家のデヴィッド・ストーンにその半生を語る。彼の生き様を通して、1910年代から80年代までの裏アメリカ史が浮かび上がっていく。

 このストーリーは本作の監督を務めたエタン・ロッカウェイの父親が、ランスキーに取材した実体験がベースとなっている。ロッカウェイ監督は、ランスキーという人間に魅了され、映画化を決意したという。

「現実よりもファンタジーの世界の人間のようで、そのキャラクター性に魅了されました。彼は、神話のキャラクターを思い出させる、邪悪な力と意志を持っていたからです。ただ、決して彼を美化したいという思いはなく、人間としてのさまざまな側面を描きたいと思いました。本人にインタビューした父の話や、さまざまな資料を読む中で、晩年の彼には“後悔の念”があったように感じました。ユダヤ人ということで、イスラエル政府に多額の資金を提供していたにもかかわらず、アメリカの圧力もあり、受け入れてもらえなかったこと、ひとりの人間としてではなく“ギャングスター”の側面でしか周囲に受け入れてもらえなかったことなど、彼の中には大きなわだかまりが死ぬ間際まであったようなのです。劇中でもランスキーの言葉として使用しましたが、彼はこんな言葉を残しています『過去を変えることはできないが、過去に行ったことについての視点は変えることができる』。彼をただの悪人にするのでも、美化した善人にするのでもなく、彼のこれまで知られることのなかった人間としてのさまざまな一面を描こうと考えました」

 ランスキーを演じたのは、名優ハーヴェイ・カイテル。柔らかさを持ちながらも、ふとした瞬間に放つ鋭い眼光、しわがれた声は、まさにランスキーが歩んできた“灰色の世界”の住人のようだった。ロッカウェイ監督も「ハーヴェイがいたから成立した作品」と称賛の声を送る。

「ハーヴェイはカリスマの一言に尽きます。彼がそこにいるだけですべてが伝わるような存在感。彼と仕事をした人間は必ず好きになってしまうのではないでしょうか。ハーヴェイはクランクインの際、現場にいた75名にも及ぶスタッフ・キャスト全員と握手をし会話を交わしてくれました。ランスキーは彼以外に考えられませんでしたし、ひとりの映画人としても大いに助けてもらいました。ハーヴェイと撮影できたことは、私の監督としての人生において、とても大きな財産にりました。そして、デヴィッドをサム(・ワーシントン)が演じてくれたことも大きかったです。彼は『アバター』や『ターミネーター4』など、いわゆるブロックバスター映画に出演しているだけに、ハーヴェイとは少し芝居のトーンが合わないのではないかという心配な部分もありました。ただ、撮影に入ってみれば、ふたりがとても対照的な形で、互いを補完し合う関係となってくれました。素晴らしいふたりに出演してもらえたと思います」

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