『恋せぬふたり』が示した、笑顔でかわすだけではない選択肢 結論を急かされる現実社会で

 このドラマには、性根から腐ったような悪人は出てこない。あるのは、咲子や羽の示す「NO」に対して、「理解できない」と激昂したり、「普通じゃない」と憐れんだりする、過剰反応だ。そして、その多くが「好きだから」とか、「あなたのために」という、その人にとって良かれと思ってのリアクションであるがゆえに対応が難しくなる。

 愛用しているお店のポイントをためるか、気にしないか。ポイントがたまったらちゃんと使うか、都合が合わなければあきらめるか。それくらいの違いとして捉えられないだろうか。性的な話を気楽にできるか、それを不快に感じるか。人に触れられるのを喜びと感じるか、すごく苦痛に感じるか。少々強引にアプローチされるのが嬉しいか、怖いと感じるのか……といった具合に。

 人は恋愛や性的な接触に関する話題になると、なぜか冷静さをなくしがちだ。何がいいとか、何が悪いと話しているのではなく、ただただその人が「そう」であるということを受け入れるだけの話なのに。

 もしかしたら、これまで違和感がありながらも愛想の良さから「(たぶん)オールOK」とされ続けてきた結果なのかもしれない。だとしたらこのドラマは、笑顔でかわすだけではない選択肢を提示してくれる作品になりそうだ。

 私の普通と、あなたの普通は「同じではないかもしれない」という想像の幅を広げるきっかけに。もし「NO」と言われたときにも、冷静に受け入れる心の予行練習に。それが、結果としてどんなセクシュアリティを持つ人にとっても、生きづらさを軽減するヒントになるかもしれないのだから。

 とはいえ、すぐにすんなりといかないのが、人間というもの。次回の予告映像では、カズが咲子と羽の暮らしに乗り込んでいく姿が描かれる。どうしてまたそんな強引な……と、げんなりしてしまいそうだが、カズのような人にはそれくらいのことがなければ納得できないということなのだろう。

 羽が言っていた「自分で決めていないことを、無理やり決められるのが苦手なだけです」という言葉は、カズにだって通じるものなのだから。自分を受け入れてもらえるためにも、相手のことも受け入れるという努力はある程度必要ということだろう。

 「人は変わっていくものですし、物事の捉え方に変化があるのは当然のことだと思いますけど」という話に、カズも当てはまるのだろうか。3人がとことんぶつかった結果、何か良い方向に変わっていくのは楽しみだが、かき乱すだけかき乱して終わってしまうのは悲しい。

 あの平穏な羽の家に迎え入れるのは勇気のいる決断だが、あれだけマジョリティの価値観を信じて疑わないカズの変化は、世界が少し変わる最初の一歩なのかもしれない。そう思うと、事態がどう転んでいくのか心して見届けなくてはならないという気持ちになる。

■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
NHK総合にて、毎週月曜22時45分〜放送
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK

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