『最愛』吉高由里子に『すぱっち』江口のりこも　急増の社長ヒロインはドラマ界の鉱脈に？

　とわ子は気の強いバリバリのキャリアウーマンではなく、それどころか誰よりも気遣い屋で、寂しがり屋の女性だ。だから、部下たちがみんなでカレーパンを食べているとき、1個余ったのにみんなと同じ立ち位置にいないとわ子は「社長にカレーパンは失礼だ」という妙な配慮をされ、「カレーパンをもらえないなら社長になんかなりたくない」とショックを受ける。

　また、自身が元建築士であるだけに、社員たちの思いを尊重したいという思いが強いが、経営を考えなければいけない立場ゆえに苦悩し、「社長は向いていない」とこぼす。仕事を頑張ってきた中で「たまたま社長になってしまった」のは、今の時代にはありえると思える程度のリアリティのある夢を感じさせる。実際、誰より細やかで社員たちのことを気遣ってくれ、責任は背負ってくれるとわ子のような社長がいて欲しいと思う視聴者も多かったろう。その一方、社長という立場になることで、とわ子の「孤独」がより一層際立って見えてくるのだ。

　『SUPER RICH』の氷河衛（江口のり子）の場合、生まれて初めてもらったものが土地で、次にもらったのは馬という、生まれながらの“スーパーリッチ”。しかし、幼少期に両親を事故で亡くしたことから、愛に飢えて育ってきたため、自分に居場所をくれた仲間（戸次重幸）と二人三脚で会社を立ち上げ、成長させる。しかし、そんな仲間が反社の会社に投資し、おまけに会社のお金も横領して逃げしてしまうことで一文無しになり、周囲の取り巻きも途端にいなくなるのだ。ここでもまた、「社長」の孤独が浮かび上がる。

　また、『最愛』では、ある青年の失踪から15年後に白骨遺体が発見され、さらにその父の遺体も発見されたことから、捜査線上に若き社長が浮かび上がる。それはかつて心を通わせた最愛の女性・梨央（吉高由里子）だったという展開が描かれた。

　それぞれに物語のテイストは大きく異なるが、『SUPER RICH』や『最愛』では、普通ののどかな暮らしあるいは転落からの極貧と、「社長」という大きな落差により、人生の起伏がドラマチックに、スリリングに描けることもあるだろう。「社長」というポジションはまた、複雑な人間関係を描く上でも効果的に働く気がする。

普遍的な幸せを描く物語の構造

　さらにもう一つ、「社長」という特殊な立場にある女性の「日常」を描くことにより、様々な偏見や固定観念を取り払い、より一層普遍的な幸せや心のあり方を描けることもある。

　なぜなら、『まめ夫』のとわ子は、社長であり、3回も結婚・離婚を経験している特異な属性てんこ盛りの女性に見えて、靴の中の小さい石がどうにも気になり、靴を脱がずに取り出そうとしたり、口内炎が気になっていたり、網戸が外れるのが何より嫌いだったりする。

　また、『SUPER RICH』の衛は、経済的には何不自由なく暮らしてきた一方で、常に寂しさを抱え、自分の「居場所」を求めてきた。その結果がまさかの仲間の裏切りだったわけだが、そこに貧乏ながら愛情たっぷりに育った春野優（赤楚衛二）との交流が生まれていく。

　さらに『推しの王子様』の場合、乙女ゲーム制作会社社長で”オタク女子“の日高泉美（比嘉愛未）の前に、「推し」のケント様そっくりで、教養も品もない男性（渡邊圭祐）が現れたことで、彼を育てていくという「逆・マイ・フェア・レディ」だった。このファンタジーな設定と、「社長」という特殊な立場により、より一層「好きなことと向き合う意味」や「推しがいる幸せ」「推しごと」という、何らかの推しがある多くの人にとって共感できる普遍的な思いがリアリティを持って描かれたのだ。

　普通の恋愛ドラマが減少する一方で、プロフェッショナルが登場する“お仕事ドラマ”もやや飽和状態にある中、それらとは一線を画した「社長」主人公のドラマ。それはドラマチックでスリリングな展開を生み出す一方で、自立した女性の孤独や、普遍的な日常をリアルに描く奥行きを与える、まだ掘りつくされていないドラマ界の鉱脈かもしれない。

■放送情報
木曜劇場『SUPER RICH』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00～22:54放送
出演：江口のりこ、赤楚衛二、町田啓太、菅野莉央、板垣瑞生、嘉島 陸、野々村はなの、茅島みずき、矢本悠馬、志田未来、中村ゆり、戸次重幸、美保純、古田新太、松嶋菜々子
脚本：溝井英一デービス
プロデュース：金城綾香、栗原彩乃
演出：三橋利行、平野眞、相沢秀幸、阿部雅和
主題歌：優里「ベテルギウス」
制作・著作：フジテレビ 第一制作部
(c)フジテレビ
公式サイト：https://www.fujitv.co.jp/SUPERRICH
公式Twitter：@super_rich_cx
公式Instagram：@super_rich_cx

金曜ドラマ『最愛』
TBS系にて、毎週金曜22:00～22:54放送
出演：吉高由里子、松下洸平、田中みな実、佐久間由衣、高橋文哉、奥野瑛太、岡山天音、薬師丸ひろ子（特別出演）、光石研、酒向芳、津田健次郎、及川光博、井浦新
脚本：奥寺佐渡子、清水友佳子
プロデュース：新井順子
演出：塚原あゆ子
編成：中西真央、東仲恵吾
主題歌：宇多田ヒカル（ソニー・ミュージックレーベルズ）
製作：TBSスパークル、TBS
(c)TBS