Z世代に向けた『もののけ姫』論 90年代の熱狂と今こそ語られるべきメッセージ
映画ライターの杉本穂高と批評家・跡見学園女子大学文学部准教授の渡邉大輔が話題のアニメ作品を解説しながら、現在のアニメシーンを掘り下げていく企画「シーンの今がわかる!アニメ定点観測」。
第2回目は、宮崎駿監督作『もののけ姫』をピックアップ。大学講師も務める渡邉氏曰く「Z世代のジブリ離れが進んでいる」とのこと。そこで「Z世代に向けた『もののけ姫』」をテーマに、『もののけ姫』が爆発的ヒットを記録した理由から今こそ語られるべき本作のメッセージについて解説していく。(編集部)
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Z世代にとってのスタジオジブリ
杉本穂高(以下、杉本):Z世代といわれる若い世代がジブリ作品に触れていないと伺いましたがいかがですか?
渡邉大輔(以下、渡邉):そうですね。10年ほど都内のいくつかの大学で授業を持っていますが、この10年くらいで学生のジブリの視聴環境がすごく変わっていると思います。それこそ去年、コロナ禍で「一生に一度は、映画館でジブリを。」というキャンペーンがありましたけど、裏を返せば、要するに日本人の中で映画館でジブリの作品を観たことがない人が一定数いるということでもあるわけです。でも、考えてみれば当たり前のことで、Z世代と呼ばれている学生って、大体2000年生まれ前後。ジブリの数々のヒット作品が公開された後に生まれていますから、宮崎アニメをリアルタイムで映画館で観ている体験が少なくなってきていると思います。例えば、学生のリアクションペーパーを読むと、「小さい頃に親に観せられた」「今観ると理解できた」と書かれてるんですね。“ジブリを観た”という体験はあるけど物心ついてからちゃんと観たという人は激減していますね。それにジブリはストリーミング配信をやっていないので、ジブリ作品を観られる機会が年に数回の『金曜ロードショー』やDVDくらいしかない。コロナ禍においてはアクセスしにくい環境にあるんですよ。杉本さんも私もそうですが、リアルタイムでジブリを観てきた世代からすると、ジェネレーションギャップがあります。
杉本:大学で映像や映画の歴史について教える際に、学生がジブリ作品を観ていないということで困ったことはありますか?
渡邉:そんなにはありませんが、今のZ世代の若い人たちはネットで見たデマとか都市伝説の方を知っているんですよね。『となりのトトロ』が狭山事件と関係しているとか、『千と千尋の神隠し』は幻のシーンがあるとか。それらを訂正することが多々あります。
杉本:我々世代からすると、スタジオジブリの作品ってある種の共通体験的なものじゃないですか。誰でも知っていて、ある程度誰でも観たことがある作品。観たことがない人を探す方が我々の世代では困難でしたが、今は逆なんですね。
渡邉:そうですね。杉本さんがおっしゃった通り、難しい言葉で言えば“大きな物語”というか。かつて昭和とか平成の時代「日本人なら全員観ているよね」、「誰もが共通前提として知っているよね」という大きなコンテンツの最後がジブリだと思っていましたが、今は映画の『コナン』とか『ポケモン』とかに変わっているなっていう。
杉本:『名探偵コナン』はやっぱり誰でも観ているんですか?
渡邉:全員が観ているというわけではないと思いますが、なんとなく知っているよねという空気が共有されている気がしますね。
杉本:世代の共通体験としてちゃんと確立されているということですね。
渡邉:そうですね。一方でジブリは影が薄くなっていますね。ちょうど『もののけ姫』が劇場公開された年に『コナン』の映画第1作が始まっているので、その辺で分岐点というか、時代の流れというのもあると考えられますね。
同時期に生まれた『もののけ姫』と『夏エヴァ』
杉本:2000年代に100億超えるヒットを飛ばし続けてはいたけど、宮崎駿という作家が何を成したかということを語るうえで1番重要な作品が『もののけ姫』だと僕は思っています。でもそれが観られていないというのは、映像を教える側としてはさみしいですよね。
渡邉:そうですね。でも実際見せるとすごく感動してくれるわけですよ。それってやっぱり作品の力というか。世代を超えて、1回観ただけで明らかにこれはすごいアニメだと分かる点が傑作だなという感じがします。私たちは、ほぼ同世代ですが杉本さんは『もののけ姫』を1997年にリアルタイムで観たときの感想や思い出はありますか?
杉本:僕、神奈川に住んでいたのですが、わざわざ当時の映画の中心地であった銀座まで行って、夜中徹夜で並んで観ました。 当時WEB予約なんて当たり前になく、当日券のみだったのですごかったですよ。満席で、僕は立ち見でした。それくらいぎゅうぎゅう詰めの中にいた記憶がありますね。僕が体験した中であれほど熱狂的な映画館は、後にも先にも『もののけ姫』と『エヴァンゲリオン』くらいですね。
渡邉:私は田舎の高校生だったのですが、やっぱり公開直後に観に行きましたね。私は席には座れましたが、杉本さんがおっしゃる通り、立ち見の人もいたのを覚えています。今の『鬼滅の刃』のように、『もののけ姫』は当時、社会現象みたいになっていましたよね。
渡邉:ありましたね。ちょうど1997年の夏は『もののけ姫』と『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(夏エヴァ)が公開されて、映画館の中に『もののけ姫』の「生きろ。」というポスターと『夏エヴァ』の「だからみんな、死んでしまえばいいのに…」というポスターが2つあって。世代のトラウマを植え付けられたという思い出がありますけど(笑)。1997年の夏は忘れられない夏ですよね。
杉本:対照的なキャッチコピーですよね。その年は、スティーヴン・スピルバーグの『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』がほぼ同じタイミングで公開されましたが、『もののけ姫』はスピルバーグの売り上げを超えたんですよね。それを僕はすごく強烈に覚えています。ジブリの作品が共通体験であるとはいえ、興行収入は大体20億円くらいだったじゃないですか。当時の映画といえば、莫大なお金をかけたハリウッド映画というイメージでした。その頂点であるスピルバーグを超えたのが宮崎監督で、そこから日本の映画産業が変わっていったと思います。今は「邦高洋低」といって邦画の方が売上は高いですが、90年代って日本映画どん底の時代で。日本映画を観る人はあまりいなかったんですよね。
渡邉:洋画の方がぶっちぎりでしたよね。
杉本:そういう歴史を1つ変えるきっかけになったタイトルだったのかなと思います。
渡邉:『もののけ姫』には「生きろ。」という糸井重里さんが作ったキャッチコピーもありますけど、それとは別に「風の谷のナウシカから13年、天才・宮崎駿の凶暴なまでの情熱が、世界中に吹き荒れる!」というキャッチコピーもあり、そこに化け物級のヒットをした要素が全部詰まっていると僕は思っています。まず1つは「風の谷のナウシカから13年」ということですけど、要するに1997年くらいになってくるとスタジオジブリというブランドや、宮崎監督の作家性がだいたい日本国民に浸透してきてるんですよね。そこでジブリの歴史を振り返りつつ、新作が待機できるという準備が日本人の中でできるようになった。まずこれが大きな下地になっていたということがあって。あともう1つは「凶暴なまでの情熱が」の部分で、『もののけ姫』は今までのジブリの作品と違って首が飛んだり、腕がもげたりと、当時のファミリー向けの優しい癒しの物語を作ってくれるという当時からできていたジブリのパブリックイメージを覆しましたよね。だから「またジブリか」と思う人はいたかもしれないけど「今度のジブリはなんか違うぞ」っていうのが、ジブリファンやアニメを観る人たち以外の観客にも訴求した。あとは「世界」ですよね。この作品でジブリはディズニーと提携して世界配給となりました。やはり鈴木敏夫さんの采配だと思いますけど、ヒットする条件がそろっていたので、当時高校生ながら「これはヒットする、歴史に残るよね」ということは思っていました。