『おかえりモネ』に存在する複数の視点 価値観を押し付けない安達奈緒子脚本の誠実さ

 「偽善的」「ご都合主義の脚本」「薄味のお茶漬け」と書かれたある記事を読んだ。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のことである。

 確かに朝ドラ前作『おちょやん』で濃い登場人物たちが織りなす波乱万丈のストーリーと比べると『おかえりモネ』は淡い印象かもしれない。が、果たして本作は「薄味のお茶漬け」なのだろうか。

 『おかえりモネ』を毎話視聴して感じるのは「単一でない視点」と「価値観を押し付けない展開」を物語の芯に通す作り手たちの矜持だ。例を挙げて掘っていきたい。

 まず「単一でない視点」。この作品でそれをもっとも明確に表しているのが若手医師・菅波(坂口健太郎)がヒロインの百音(=モネ・清原果耶)に語った「“あなたのおかげで助かりました”っていうあの言葉は……麻薬です」というひとこと。初出は第2週「いのちを守る仕事です」。山中で遭難した小学生を助け、周囲の人々から称賛されるモネに対して彼はスっとこの言葉を放つ。

 この菅波のひとことが根となり、そこからさまざまな枝葉がモネの中で広がっていく。

 東京の気象予報会社に就職したモネが地元・宮城を直撃する台風のことを家族に知らせ、漁師たちは船を動かし被害を回避。その際、祖父(藤竜也)から「モネのおかげで助かったよ」と感謝の言葉をかけられ、同じ会社で働く気象予報士・神野(今田美桜)からは「人の役に立ちたいって、結局自分のためなんじゃない?」と邪気なく言われる。さらに、会社のチームでサポートしている車椅子マラソンのアスリート・鮫島(菅原小春)はモネに「私が100パーセント自分のために頑張っていることが、めぐりめぐってどっかの誰かをちょこっとだけでも元気づけてたら、それはそれで幸せやなって思うんよ」と語る。

 “あなたのおかげで”“誰かのために”。モネがこの言葉に強く反応するのは、2011年3月11日に受験で故郷の島を離れており“誰かのために”動けなかったことが大きな心の傷となっているからだ。その傷を乗り越えようと、彼女は過剰なまでに気象予報の仕事を“誰かのために”役立てようとし、“あなたのおかげで”と相手に言われた時に、自身の価値をほんの少し自認する。

 通常のドラマなら、ヒロインが“誰かのために”役立つ行動をし“あなたのおかげで”と言われて自らの傷を癒したところでめでたしめでたし……である。が、安達奈緒子の脚本は「その言葉は麻薬」と、ヒロインにカウンターパンチを入れ、後からさまざまな人物にそれぞれの視点で見たこの言葉の意味を語らせる。これが本作のひとつの肝ではないだろうか。

 つまり、物事を単一の視点でとらえるのでなく、さまざまな見方を示すことによって、人生に完璧な正解などない、言葉はその状況に置かれた人によってさまざまな受け取り方があり、意味も変わってくる、と『おかえりモネ』は提示しているのだ。

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