スカーレット・ヨハンソンが提示する喪失の先の歩き方 『ブラック・ウィドウ』までを辿る

ロスト・イン・ワンダーランド

 『モンタナの風に抱かれて』(1998年)でスカーレット・ヨハンソンを起用したロバート・レッドフォード監督は、彼女のことをこう評している。「30歳になろうとしている13歳」(参照:ブランドン・ハースト著『スカーレット・ヨハンソン 彼女が愛される理由』<P-Vine Books刊>)。『モンタナの風に抱かれて』は、事故で片足を失った少女と、少女を守ろうとした馬の心身における治癒の過程が平行して描かれた作品だ。この作品での演技が絶賛され、スカーレット・ヨハンソンは、当時ナタリー・ポートマンに続く、注目すべき子役スターとして脚光を浴びた。

 13歳にして女優になることを決意したスカーレット・ヨハンソンを、彼女の母親は適切な距離感でプッシュしてくれたという。オーディションに落ち続けていた子役時代のスカーレット・ヨハンソンに、同じく子役から偉大な女優へと成長を遂げたジョディ・フォスター主演の『羊たちの沈黙』(ジョナサン・デミ監督/1991年)を見せて励まし続けたのだという。『モンタナの風に抱かれて』以降、オファーが殺到したスカーレット・ヨハンソンは、自分の納得する脚本に出会えるまで辛抱強く待つことになる。スカーレット・ヨハンソンの母親は、所謂ステージママ的な態度を一切見せず、娘の希望に沿い続けたのだという。また同じ時期にプライベートで両親の離婚を経験しているが、喧嘩ばかりしていた両親の離婚についてスカーレット・ヨハンソンは、私の家族に起こった最良の出来事(選択)だったと話している(参照:ブランドン・ハースト著『スカーレット・ヨハンソン 彼女が愛される理由』<P-Vine Books刊>)。「物語」を俯瞰して観察できていたスカーレット・ヨハンソンらしい発言ともいえる。

『ゴーストワールド』(写真:Album/アフロ)

 興味の持てる企画を待ち続けていたスカーレット・ヨハンソンの元に、『ゴーストワールド』(テリー・ツワイゴフ監督/2001年)の脚本が届く。イーニド(ソーラ・バーチ)とレベッカ(スカーレット・ヨハンソン)。メインストリームから外れたこの伝説的な作品(そしてメインストリームに馴染めない少女の物語でもある)は、時代を経れば経るほど、その価値が稀少なものに感じられる傑作だ。ここでスカーレット・ヨハンソンは、『のら猫の日記』で演じた少女のような、反抗心を内に秘めた少女を演じている。『ゴーストワールド』は、卒業式を終えたイーニドとレベッカが校舎に向けて中指を立てる冒頭のシーンから、この二人の組み合わせがパーフェクトであることを教えてくれる。

『ロスト・イン・トランスレーション』(写真:Photofest/アフロ)

 この頃のスカーレット・ヨハンソンは、どんな景色にもその姿を馴染ませることができるが、どんな景色にもその魂を馴染ませることができない少女を演じている。おそらくそのことをよく観察していたソフィア・コッポラ監督は、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)にスカーレット・ヨハンソンを起用する。スカーレット・ヨハンソンは、東京の街でさえ、その姿を馴染ませてしまえるが、同じく魂だけは馴染ませることができない。不思議の国=東京に迷い込んだ少女(撮影時17歳)の戸惑いや不安、内に秘めた反発。スカーレット・ヨハンソンの持つ資質、それ自体をドキュメントとして記録したことが、『ロスト・イン・トランスレーション』を魅力的な作品にしている。スカーレット・ヨハンソンは『ロスト・イン・トランスレーション』の撮影について次のように語っている。

「まったく異質な体験だった。自分自身が消えてなくなってしまうような感じ。精神的にも靄がかかったみたいだった」(参照:ブランドン・ハースト著『スカーレット・ヨハンソン 彼女が愛される理由』<P-Vine Books刊>)。

 『ロスト・イン・トランスレーション』と同年にアメリカで公開された『真珠の耳飾りの少女』(ピーター・ウェーバー監督/2003年)で、スカーレット・ヨハンソンへの評価は決定的なものになる。この作品のスカーレット・ヨハンソンは、フェルメールの名画から出てきたのではないかと驚かされるほど完全な少女の鏡像を結んでいた。

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