BLACKPINKからビリー・アイリッシュまで 女性アーティストのドキュメンタリーの特徴は?

政治的なポリシーを発信していく女性アーティストたち

 近年の女性アーティストのドキュメンタリーで顕著なのは、彼女たちが政治的な立場を明らかにして、映画を通してそれを訴えていることだ。テイラー・スウィフトの『ミス・アメリカーナ』(2020年)は先述した“素顔に迫る”系であり、同時に彼女のキャリアや私生活について多くのことを語りながら、現在の立ち位置、特に政治の面ではっきりと発言するようになった経緯が明かされている。やはり若くして世界の注目を集めスターになった彼女は、“若いから”、“女性だから”経験したつらいことが多くあった。「“いい子”でいたい」「人に嫌われたくない」と本当の自分を押し隠していた彼女は、ルッキズムを原因とした摂食障害や、MTV Video Music Awards 2009でのカニエ・ウエスト乱入事件、SNS上でのバッシングなどを経て、自分の意見を公に口にするようになった。

『ミス・アメリカーナ』Netfixにて独占配信中

 それまで政治からは1歩引いた態度をとっていたテイラーは、2018年の中間選挙の際に民主党支持であることを明らかにし、LGBTQの権利や人種・性別の平等を獲得するために闘うと宣言。これは、2017年に受けた性的虐待被害とその裁判の影響によるものが大きいと、本作のなかで語られている。2018年以降、彼女は積極的に政治に関する発言を行い、2020年の大統領選挙の際には民主党の政治広告に自身の楽曲「Only The Young」の使用許可を出した。この曲は、『ミス・アメリカーナ』のなかでその制作過程が映し出されていた、彼女にとって重要なものだ。彼女はその後もSNSを通して大統領選挙への投票を呼びかけ、若者たちに大きな影響を与えた。『ミス・アメリカーナ』に映し出されているのは、カントリー歌手として若くして成功したテイラー・スウィフトの苦悩とそこからの脱却、そして“いい子”ではない自分自身になるための、そして多様性を獲得し守るための闘いだ。

 もう1人、強い思想を楽曲やパフォーマンスを通して発信している女性アーティストがいる。ビヨンセだ。『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』(2019年)は、彼女がコーチェラで黒人女性アーティストとして史上初めてヘッドライナーを務め、そのパフォーマンスを完成させるまでの完璧主義と言える練習風景と、本番の映像が収められている。黒人社会の代表としての意識を強く持ち、その文化の素晴らしさを自身のパフォーマンスで伝えてきた彼女は、コーチェラでのパフォーマンスに各地の黒人大学のマーチングバンドを起用した。

『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』Netflixにて独占配信中

 黒人であること、そして女性であることで過小評価されていると感じると語る彼女は、そのパワフルなパフォーマンスで観客を熱狂させ、その実力を見せつけたのだ。本作を製作した目的について、ビヨンセは「みんなにショーだけでなく、それをつくり上げていく過程も誇りに思ってほしい。これまで注目を浴びたことのない人でも、わたしたちと一緒にステージの上に立っているような気分になってもらうことが重要だった」と語っている。つまり彼女にとって、コーチェラでのパフォーマンスはもちろん、このドキュメンタリーを制作すること自体にも大きな目的と意味があったということだ。その大舞台で黒人の文化を称えること、そしてそれをその場にいる人だけでなく、Netflixで配信することで、できる限り多くの人が目にすることが重要だったのだ。

 こうして見てみると、アーティストのドキュメンタリー映画の傾向は、彼らのキャリアによるところが大きいようだ。またドキュメンタリー映画を通して強いメッセージを訴えかけてくるのは、女性アーティストがほとんどだということも面白い。彼女たちは自らの思いや目的をはっきりと自覚し、それを世界中の人々に届けようとしている。それは男性に比べて、女性には政治的な発言をする機会が少ないことも影響しているのかもしれない。また一方で、映画や映像の持つ力をよく知っているのだろう。今後、女性アーティストたちがドキュメンタリー映画を通して、どんな知られざる一面を見せてくれるのか、そしてどんなパワフルなメッセージを届けてくれるのか、注目していきたい。

■瀧川かおり
映画/海外ドラマライター。東京生まれ、グラムロック育ち。幼少期から海外アニメ、海外ドラマ、映画に親しみ、10代は演劇に捧げる。趣味は編み物ほか手芸。金曜の夜に酒を飲みながら映画や海外ドラマを観るのが毎週の楽しみ。

■配信情報
『BLACKPINK ~ライトアップ・ザ・スカイ~』
Netflixにて独占配信中

関連記事