異例尽くしの第93回アカデミー賞、問題は演出? 華やかなレカぺと衝撃的なラストへの反応
衝撃的な主演男優賞のどんでん返しと人々の反応
さて、今年のアワードを語るうえで決して避けて通れないのが、主演男優賞での出来事だ。簡単にまとめると、誰もが急逝したチャドウィック・ボーズマンが受賞すると思っていたのに、まさかのアンソニー・ホプキンスが受賞する事態となり、大混乱を生んだ。そして、多くの声がこの事態を批判している。ここで、みんなが“何に対して怒っている”のかについて噛み砕いて説明したいと思う。
事の発端はショーの結構早い段階に起きていた。ダニエル・カルーヤが助演男優賞を受賞し、スピーチをした後に壇上を降りる際の音楽が、第91回の歌曲賞にノミネートされた『ブラックパンサー』の「オール・ザ・スターズ」だったこと。そして例年通り行われた(そして今年はコロナのせいで亡くなった方も多かった)メモリアルのコーナーのプレゼンターが、『ブラックパンサー』でボーズマン演じるティ・チャラの母親役だったアンジェラ・バセットであり、メモリアルの大トリを飾ったのが、他でもないボーズマンだったこと。そして、アカデミー史上異例となる、作品賞と主演男優賞の順番の直前の入れ替えだ。
本来、大トリは作品賞と決まっている。しかし、今年は“何かが特別だから”こそ主演男優賞を最後に持ってきた、そしてそれはつまり、上記のフラグを考えても絶対チャドウィック・ボーズマンの受賞をよりカタルシス感じさせるものにするための演出だと誰もが考えたのだ。そこまで手を込んだのに、アンソニー・ホプキンスの名前が呼ばれたのだ。もちろん、ホプキンスのことは誰も怒っていない。人々が怒っているのはアカデミーの演出についてだ。
例の封筒の中身は世界を代表する会計事務所のメンバーが集計に携わり、封をして厳重に管理して、壇上でしか分からないことになっている。だから番組の編成側も中身を知らなかったわけだが、事前の聞き込み調査でボーズマンが圧倒的に有利だったことは明白である。だからこそ、あのように仕掛けたのだろうが、実際のところ何が起きるかもわからない不確実さのなかで、さも「ボーズマンが確実に受賞する」というように高めたことがテレビ演出的に問題だと言われているのだ。
とにかく、今年は例年に比べてより有色人種の受賞やノミネートを含め、式でのスピーチや存在感が発揮されていた。『ミナリ』で助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンは、韓国人女優として初の同賞受賞の快挙を遂げ、同じ韓国人女優のサンドラ・オーからも称賛の声が上がっている。
ちなみにサンドラ・オーは、クロエ・ジャオ監督に対しても「おめでとう」とツイートを寄せた。
ただ、ここでも本来なら女性監督としては2人目、アジア人女性としては初の監督賞受賞を遂げたクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』が作品賞として選ばれるラストだったのに、それを白人俳優のアンソニー・ホプキンスが“奪った”という見方をする声まで挙がっている。もちろん、ホプキンスに何の落ち度もない。「受賞をしたのに出席もしていない!」とも言われてしまっているが、彼は従来からアカデミー賞にあまり参加しないことで知られているし、何より高齢な身でコロナウイルスのリスクをおかして会場入りする必要はなかったはずだ。これは、またもやZoomなどの遠隔参加を一切断り、フィジカルの来場のみの参加をルールにしたアカデミー側の問題だと言えよう。本人も寝耳に水だった様子で、ホプキンスは朝を迎えたイギリスの住まいから、改めてSNSを通して受賞に対する感謝の意と、ボーズマンに対する敬意を述べている。
とにもかくにも、例外ばかりだった本年度のアカデミー賞。従来は急かされていたスピーチが時間無制限となったことで、受賞者それぞれがパーソナルな気持ちも話すことができる場になった。
特に『アナザーラウンド』の監督、トマス・ヴィンターベアのスピーチは本作撮影直前に亡くなった娘へ、そしてそんな状況下で助けてくれた周りへの感謝と悲痛の思いがヒシヒシと伝わるもので、涙を誘った。娘のイダは本作の発案者と言ってもよく、出演もする予定だったのだが、携帯をいじりながら運転する車に追突された事故でこの世を去ってしまったのだ。一方、『ミナリ』のユン・ヨジョンのスピーチは「アカデミー賞はテレビで観るものだったから、その場にいるなんて、どうしよう……」とオロオロしつつも、他のノミネート者に敬意を示しながら息子二人に向けて「私を働き者にさせてくれてありがとう。これが結果です、マミーがたくさん働いた成果です」と笑いを誘い、彼女の皮肉っぽいウィットに富んだスピーチは授賞式のハイライトとなった。
そういった良い面はありつつも、やはり全体の演出面で批判的な声の大きい結果に。来年は、いろんなことが例年通りに戻ることを期待しよう。
■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。Instagram/Twitter