大泉洋、“うだつのあがらない”役柄から完全に脱皮 あてがきを超えた『騙し絵の牙』

 小説『騙し絵の牙』の大泉洋が茶封筒や新聞や鞄を抱えてどこか一点を見据える全身が写された表紙のビジュアルを見たときのことを今でも思えている。その大泉の影が人の顔のようになっていることにも好奇心を抱いた。こうしたスマートでいて、どこかつかみどころのないビジュアルは、一般的な大泉洋のイメージにはないかもしれないけれど、彼が持っているまた別の一面であり、見たかった姿だと思った。

騙し絵の牙(角川文庫)文庫

 今でこそ、大泉洋のスーツ姿を違和感なく受け入れる人が多いと思うが、小説が発表された2017年には、まだそのイメージは強くなかった。

 あらためて大泉の2017年出演リストを見ると、この年は主演作は少なく、映画『東京喰種トーキョーグール』や『鋼の錬金術師』で、若手俳優たちを相手にフィクションの中の戯画化された悪役を担っていたり、スペシャルドラマ『ドラマミステリーズ ~カリスマ書店員が選ぶ珠玉の一冊~「妻の女」』(フジテレビ系)でも、一見、善良に見える人の中にある悪を演じたりしていて、ほかの年とも違う活動をしていたのだということがわかった。

 その前後の年はというと、NHK連続テレビ小説『まれ』や映画『青天の霹靂』、『アイアムアヒーロー』、『恋は雨上がりのように』などで、「うだつのあがらない」とあらすじに書かれがちな役や、夢半ばで破れ、思い描いた人生を歩めていない役柄を演じていた。

 大泉洋がスーツを着た“サラリーマン”を多く演じはじめたのはここ1、2年のこと。去年の『ハケンの品格』(日本テレビ系)や『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)の出演により、すっかりスーツの中間管理職を演じるイメージが自然になってきた。それでも、『ハケンの品格』の東海林は仕事はできないこともないが、どちらかというとうかつで損をしがちな人間で、決して格好いい社会人ではなかったし、『ノーサイド・ゲーム』の君嶋は、仕事はできるが、家庭内では妻に頭の上がらない夫としてコミカルなシーンもあった。

 そして2021年、コロナ禍で公開が延期になり、満を持して『騙し絵の牙』が公開となった。そこには、かつて「うだつのあがらない」とあらすじに書かれていたときの姿もなければ、失敗をしてコミカルに笑わせたり単に人の好さを押し出す演出もなかった。

 『騙し絵の牙』で大泉が演じる速水輝は、常に出版業界の常識の裏をかき、新しい風を起こすことにワクワクしているような人間で、そのためには、ときおり手荒なことを選択することもある。「うだつのあがらない」役と並列でよく演じられてきた、「優しいがゆえに慎重である」という役からも、完全に脱皮した姿を見せていた。

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