アニメ『岸辺露伴は動かない』のホラー的な魅力 観る者を震え上がらせる多様なアプローチ

 今回挙げた4エピソードは、一言で言うならホラーの部類に入るだろう。人ならざる者の怖さ、人の怖さ、超常ホラーやサイコサスペンス味あふれるホラーなど、多様なアプローチで観る者を震え上がらせる。

 例えば、怨霊と化した浮浪者から復讐されるという『懺悔室』の筋書き自体はクラシカルなものだが、随所に荒木氏独自のカラーが見え隠れしている。まずは、「得体のしれない何か」が登場するということ。これは『六壁坂』『富豪村』を含む、他の『岸辺露伴は動かない』シリーズにも共通するものだが、「言葉では説明できない恐怖の存在」が「ただ、いる」という設定は、荒木作品の特徴といえる。

 『懺悔室』の中で、なぜ浮浪者が怨霊化したのか、そもそも本当に人間だったのか、浮浪者の姿をした“何か”だったのではないか?という説明は、一切なされない。『六壁坂』に出てくる妖怪も同様だ。だがその思い切りの良さこそが観る者をシビれ&あこがれさせ、ぐいぐいと引き込むと同時に、空恐ろしい気持ちにさせるのだ。

『ザ・ラン』

 そのテリトリーに入ったらば、強制的に巻き込まれてしまう恐ろしさ――因果関係も善悪もなく、ただただ「不運だった」と思うしかない絶望感は、『岸辺露伴は動かない』に脈打つ血流。『ザ・ラン』は人の怖さを究極的に突き詰めた物語だが、観進めていくと、他3作品と共通する「強いて言うなら妖怪や神の類」に近づいていく。いわば、我々人間が太刀打ちできない存在に出会ったとき、どうするのか(往々にして何もできない)というテーマ性が、感じられる。

 なお、アニメ版においては、黒い靄のような“何か”が立ち昇ってくるゾッとする演出や、シリーズの特徴である「特色」効果で、恐怖を底上げ。この「特色」には2パターンあり、画面の色がシーン単位で変わる「シーン特色」、カット単位で変わる「カット特色」が使い分けられている。しかも、よりダークな色彩設計が施されており、禍々しいオーラが観る者をむせ返らせることだろう。

 2つ目は、「ゲーム性」だ。『懺悔室』『富豪村』『ザ・ラン』は、それぞれにクリア条件が明示される。『懺悔室』は、空中に放り投げたポップコーンを口でキャッチできるか否か、『富豪村』は、次々に出されるマナー試験をパスできるか否か、『ザ・ラン』は、トレッドミルが時速25.0kmに到達した瞬間にリモコンを取り、緊急停止ボタンを押せるか否か。しかも、すべてに「命」がかかっているのが荒木氏らしい。

 これは『ジョジョの奇妙な冒険』で培ったテクニックと言えるだろうが、クリア条件が初めに周知されることによって、読者(視聴者)は一種の試合を観戦するように、見届ける準備ができる。ルールや勝利の条件を早めに理解させ、理解不能なものと戦わせるというつくりは、「謎かけに負けたら命を奪われる」スフィンクスのような、神話的な“におい”もはらんでいる。古来より、権力者も上位の存在も、ゲーム感覚で下々の者の運命を捻じ曲げるものだ。そうした風習というか悪しき伝統のようなものが、『岸辺露伴は動かない』でもシニカルな目線で描かれている。対して、『六壁坂』ではクリア条件は明示されないため、恐ろしさが余計に際立つ。他の作品に対するカウンター的なエピソードといえるだろう。

 3つ目は、「スライド能力」だ。ポップコーンキャッチなんてものは普段は“遊び”としてやるものだし、マナー試験はビジネスの場でのたしなみ。トレッドミル競走は力比べ。しかしそこに、「ミスったら命を奪われる」が加わったらどうだろう? シチュエーションをスライドさせることによって、遊びが遊びではなくなるというおぞましさ。私たちの身近にあるもの、あるいは気軽に扱っているものが、急に忌避したくなる対象へと変わる瞬間の戦慄を、荒木氏は冷酷に見せつけてくる。要は、日常と非日常(異界)の接点を、一つのエピソードの中に作っているのだ。

 これはまさにホラーの考え方で、たとえば「人形がいきなり動いたら怖い」とか「鏡の中に知らない人が映っていたら怖い」「シャワーを浴びている最中に、背後に何かがいたら怖い」など、私たちが日常生活を送る中でほんのりと感じている「If(もし)の恐怖」を、精神はそのまま、漫画で映えるような“動き”の形にアレンジしているように思える。ベースは日常だが、すぐそばに異界が広がっている、これが一番怖い。

『富豪村』

 『懺悔室』では教会が、『六壁坂』では家が、『富豪村』では山が、『ザ・ラン』ではジムが、それぞれ異界への入り口になっている。どれも、私たちの日常に接続している場所だ。こうした細やかな仕掛けによって、最初は本シリーズ特有のテンションの高さも相まって奇抜に見えていたものが、「遠いフィクションの話」と思えなくなってくる。この部分は、『ジョジョの奇妙な冒険』と『岸辺露伴は動かない』の大きく異なる箇所かもしれない。リアリティを生み出す要素が、意識的に強められている。

 そして、アニメ版ではやはり露伴の声を務めた櫻井孝宏の存在が、非常に大きい。「オイオイオイオイ」や「いるじゃあないかッ!」といったような「ジョジョ語」は踏襲されているものの、窮地に陥った際の露伴の感情を櫻井がビビッドに表現しているため、感情の部分で視聴者の緊迫感を常にあおり続けるのだ。特に『ザ・ラン』では、トレッドミルを走り続ける露伴の息が切れるさま、そして「まずいまずいまずい!」などのセリフと共にあふれ出てくる死地への恐怖が、ありありと伝わってくる。キャラクターに“肉体”をもたらす存在といって差し支えない、名演を披露している。

 ちなみに、2020年末にNHK総合で放送された実写版『岸辺露伴は動かない』では、全3話すべてに、櫻井が声で参加している。こうしたファン心をくすぐるサプライズも、高評価を博した要因の一つだ。

 ここまで紹介してきたように、『岸辺露伴は動かない』は、『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズとリンクしていながらも、独自の挑戦が多々見られる作品だ。何より、完全に「ホラー」でまとめたシリーズであることが、趣深い。

 ちなみにNetflixでは『ジョジョの奇妙な冒険』も全話配信しているため、シリーズ初見者が、本作から“本流”に入っていくこともできそうだ。世界的に人気の高い『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのさらなる可能性を証明した『岸辺露伴は動かない』が、190の国と地域でどう受け取られるのか、反応をぜひ探ってみたい。

■SYO
映画やドラマ、アニメを中心としたエンタメ系ライター/編集者。東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て、現在に至る。Twitter

■配信情報
アニメシリーズ『岸辺露伴は動かない』
Netflixにて全世界独占配信中
原作:荒木飛呂彦(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:加藤敏幸
キャラクターデザイン:石本峻一
アニメーション制作:david production
出演:櫻井孝宏ほか
(c)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社・岸辺露伴は動かない製作委員会
(c)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社・岸辺露伴は動かない「六壁坂」製作委員会
(c)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社・ジョジョの奇妙な冒険DU製作委員会

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