逃げた寿一と逃げられなかった寿限無 『俺の家の話』が描く“好き”との向き合い方

 そもそも能とプロレスは、静と動という対極の性質を持ちながら通じるところがある。寿三郎が「節度があって、品があっていい」とプロレスを語っていたことからもわかるように。

 父・観阿弥と共に能の大成者である世阿弥の教え「初心忘るべからず」の「初心」を衣装に刻み込み、「世阿弥」の名を名乗り、父の教えであり、能の稽古で鍛えた強靭な「体幹」を身に着けた寿一は、「ブリザード寿」時代よりも遥かに強くなっている。

 能の基本をプロレスに活かすことで、彼は強くなると同時に、プロレスを通して能を表現した。だからこそ観客席の寿三郎は喜び、「あいつプロレスなんかやめて、能をやればいいのに」と知ってか知らずか寿一に向かって呟くのである。

 さらに第4話は寿一と長女・舞(江口のりこ)それぞれの息子たちの「好き」を巡る物語でもあった。能の稽古が「好き」であるためにみるみる才能を開花させていく、学習障害と多動症を抱える、寿一の息子、秀生(羽村仁成)。逆に能が「好きじゃない」舞の息子、大州(道枝駿佑)は、どうやっても秀生と比べて劣ってしまう。ダンスのほうが好きで得意である。それなのに観山家に生まれた以上能と向き合わなければならないことに違和感がある。

 「ラーメン好きじゃないからラーメン屋になった。ラーメン好きなやつにはラーメン好きなやつの気持ちしかわからないから」と意図せず重要なヒントを与えるO.S.D(秋山竜次)に対して、「能が好きな人しかいないこの家では、何を言ってもしょうがない」と悲嘆に暮れる大州。寿一は、そんな彼の存在を「貴重」だと言うことで、O.S.Dが言った「好きじゃないから仕事にできる」可能性も肯定する。

 前述した長州力の言葉も、「好きな人旦那にしたら幸せになれるわけちゃうねんな」という寿一の元妻・ユカ(平岩紙)の言葉も全て踏まえる彼は、人生において「好きなことをする/好きな人といる=幸せ」とは限らない、ままならない世の中であることも十分に理解している。それでいて寿一は大州を理解し、能の定期公演ではなくダンスの大会を優先させたのだった。

 大州にかつての自分を重ねた寿一の「逃げるのも才能だから、逃げてもいい」という選択肢は、一度逃げて世界を見て、戻ってきたからこそ、さらには能で基本を学びプロレスに応用できる「花」を持つ彼だからこそ呈示できる、人生において必要な「逃げ道」なのである。

 でも、彼が「逃げる」道を選んだからこそ、逃げた放蕩息子の犠牲になって「逃げられなかった」芸養子にして異母兄弟、寿限無もいる。彼らの関係はどうなってしまうのか。「俺(私)たちの家の話」は、まだまだ奥が深そうである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、井之脇海、道枝駿佑(なにわ男子/関西ジャニーズJr.)、羽村仁成(ジャニーズJr.)、荒川良々、三宅弘城、平岩紙、秋山竜次、桐谷健太、西田敏行
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀、山室大輔、福田亮介
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未、佐藤敦司
編成:松本友香、高市廉
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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