"なりたい自分"になることに共感し、心揺さぶられる『MISS ミス・フランスになりたい!』

 主人公のように、性別を超えた感覚を持つ人物は、その考え方自体も先進的であるはずだと、勝手に思ってしまうところがある。だが、例えばミス・コンテストなど既存の文化や伝統的な価値観に憧れる人がいるように、LGBTQなどの人々の中にもそういったものに惹かれる人がいることは当然である。ルールや法律の上でその願望が叶えられない場合もあるが、「ミス・フランスになりたい!」という夢は、本来誰が持っても構わないはずだ。とはいえ、自分の頭で物事を判断することが求められるミス・フランス大会に挑戦することで、そんなアレックスの意識に、さらなる変化が見られるところが、本作の複雑な部分である。そしてこれこそが、本作がただ競技における達成を描くだけの映画から、一段上の世界を描いている点でもあるのだ。

 近年、とくにヨーロッパやアメリカなどで問題になっているものの一つに、子どもの性自認をどう扱うかという事柄がある。例えば男の子が、おもちゃ屋さんで「着せ替え人形が欲しい」と言ったら、親としてどう対処するべきか。「それはおかしいよ」と、子どもの感性を否定してしまえば、その子本来の自主性や才能を潰してしまうことにならないか。そして、従来の社会が持つ価値観を、無理に新しい世代に受け継がせてしまうことにならないだろうか。このような考え方が主流になってきていて、大手のおもちゃメーカーや小売業者は、おもちゃから「男の子向け」、「女の子向け」というカテゴリーによる分け方を廃止し始めている。

 アレックスもまた、「女の子向け」の趣向を持っていた子どもの一人だった。一時は周囲の圧力によって夢を諦めることにしたが、事故で亡くなった両親は、その夢を否定せずに見守ってくれたのだ。そんな助けがあってこそつらい修練にも耐え、勇気を持ってステージに立つことができたはずだ。

 人種差別や性差別は、いまも重大な社会問題として存在しているが、それでも市民権や雇用など、10年前、20年前、100年前に比べると、差別による不公平は、世界規模で少しずつ改善の方向に進んできているといえるだろう。そこに貢献した動きとして、ビートルズなどに代表される、1960年代にイギリスで起きた、音楽、映画、ファッションなどにおけるポップカルチャーの爆発があった。それは、差別構造の一つである上流階級と労働者階級の関係における文化的な革命だった。その意味で、本作のアレックスのように、そしてアレクサンドル・ヴェテールやエズラ・ミラーのように、性差の枠を乗り越えようとする試みも、社会が進歩するために必然的に起こるべき一種の革命といえるのではないか。

 全ての人には“違い”が存在する。それが他の人を抑圧する性質のものでない限り、社会はアレックスの両親のように、その違いを認めて自由な生き方を選択できる環境を用意するべきではないか。クライマックスにおけるアレックスの決断は、自分自身の考えとともに、下宿の仲間たちに代表される、あらゆる理由で社会の片隅で生きることを余儀なくされている人々の想いを代弁するようなものとなっている。

 それぞれに異なる趣向や考え方を持つ、われわれ観客もまた、色々な状況や慣習に縛られ、思い通りに自分を表現できない瞬間を何度も経験しているはずだ。だからこそわれわれは、ミスコンで勝ち進み、「なりたい自分になる」ことを目指すその姿を応援し、アレックスの勇気を讃える人々の姿に共感できるのではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『MISS ミス・フランスになりたい!』
2月26日(金)、シネスイッチ銀座ほか全国公開
監督・原案・共同脚本:ルーベン・アウヴェス
出演:アレクサンドル・ヴェテール、イザベル・ナンティ、パスカル・アルビロ、ステフィ・セルマ
撮影監督:ルノー・シャッサン
プロデューサー:レティシア・ガリツィン、ユーゴ・ジェラン
音楽:ランバート
配給:彩プロ
2020/フランス/フランス語/スコープサイズ/107分
(c)2020 ZAZI FILMS ‒ CHAPKA FILMS ‒ FRANCE 2 CINEMA ‒ MARVELOUS PRODUCTIONS
公式サイト:https://missfrance.ayapro.ne.jp/

関連記事