『ジョゼと虎と魚たち』が到達した驚くべき着地点 同じ原作から様相の異なる作品が誕生

 小説家の田辺聖子が1984年に発表した短編『ジョゼと虎と魚たち』は、下肢が不自由な少女と、大学生の青年の交流を描く恋愛小説だ。この短編小説を原作として2本の映像作品が作られた。1本は2003年12月に公開された犬童一心監督による実写映画(以下、「実写版」)、もう1本は2020年12月に公開されたタムラコータロー監督のアニメ映画(以下、「アニメ版」)である。共に同じ原作から生まれた映画でありながら、作品の語り口から登場人物の目指す道までが、かなり異なるのは面白い。

 角川文庫から発売中の原作は短編集で、表題作の『ジョゼと虎と魚たち』は20数ページの短い物語である。祖母に面倒を見てもらっている障がい者のクミ子は、アルバイトをしながら一人暮らしをする大学生の恒夫と知り合う。読書家のクミ子はフランソワーズ・サガンの小説に出てくるジョゼという名を気に入り、自分もそう名乗っていた。恒夫はジョゼと祖母の家に頻繁に通うようになり2人と関わり合いを持つが、就職活動で少し疎遠になっている間にジョゼの祖母は他界していた。身寄りを失くしたジョゼは、以前にも増して恒夫を頼り、2人は互いに惹かれるようになる。実写版もアニメ版も大筋は原作の通りだが、100分前後の長編映画に仕立てるにあたって、周囲に多くの人物を新たに配して物語を膨らませている。

 一般的に先行する映像作品がある原作ものは、同じ原作から派生した別媒体の作品が、厳しい目で比較されがちである。一度アニメ化された作品が、後年になって実写化、舞台化されたり、その逆のケースがそうだ。本作も17年前に公開された実写版がある中で、あえてアニメ版の製作に挑んでいる。だが今回のアニメ版は、原作とも実写版とも異なる驚くべき着地点へと到達している。劇場用パンフレットにて、アニメ版の脚本を手がけた桑村さや香が、「ハッピーエンドで実写版と差別化できるのもいいんじゃないか」と話している通り、ビターエンドな実写版とは違う、希望に溢れた物語となっているのが大きな特徴だ。

 アニメ版のシナリオは登場人物の運命も、物語の行く末も、実写版とまるで違う方向へ進むので、実写版を鑑賞済みの人でも原作の新訳として大いに楽しめるだろう。誰かが付き添ってくれないと遠くへ出かけることもできないジョゼが、自由気ままな魚のように海底を泳ぐイメージシーンは、アニメならではのイマジネーションに溢れている。現実から解き放たれた彼女の美しさを、海中の魚になぞらえたビジュアルで描いているのが素晴らしい。

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