林遣都一人芝居の新しさ、男女ともに好感『わたナギ』 2020年を振り返るドラマ座談会

 新型コロナウイルスの感染拡大による撮影の中止、放送延期という未曾有の事態を乗り越えながら、各局、各配信サービスなどから多種多様なドラマが生まれた2020年。リアルサウンド映画部では、レギュラー執筆陣より、ライターの佐藤結衣氏、SYO氏、Nana Numoto氏を迎えて、そんな過酷な状況下の中、生み出されたドラマを振り返る座談会を開催。前編では、一時は撮影を中断しながらも、視聴者の元に作品が届けられた『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)、ソーシャルディスタンスドラマ『世界は3で出来ている』(フジテレビ系)、『MIU404』(TBS系)に注目し、2020年の日本のドラマシーンについて語り合った。(編集部)

大事なテーマがたくさん詰まった『わたナギ』

『私の家政夫ナギサさん』DVD-BOX

ーー2020年に放送、配信されたドラマの中でみなさんの一押しはどの作品ですか?

Nana Numoto(以下、Numoto):『私の家政夫ナギサさん』(TBS系、以下『わたナギ』)がすごく印象に残っています。私は年代的にもメイちゃん(多部未華子)と同じだったので、共感できた部分が多かったですね。あと大森南朋さんが演じたナギサさんも、最初は驚きましたけど、とてもよかったです。予想外だったことがプラスに働いたというか、意外とキュンキュンするシーンもあって、楽しめました。

SYO:『わたナギ』は男性の僕から見ても、すごく好きですね。ドラマってわかりやすくするために対立構造を描きがちで、女性を主人公にすると、男性は悪役に追いやられることが多いのですが、『わたナギ』は目線がすごくフラットだったので、気持ちがよかったです。メイちゃん(多部未華子)とナギサさんのどちらに対しても共感できる作品でした。家事代行のCMが入るのも面白かったですね(笑)。

Numoto:頼もうかなって思いますよね(笑)。いくらだ!?って。

佐藤結衣(以下、佐藤):あの時期は“おじさんブーム“とも言われていましたよね。個人的には「おじさんだから」みたいなレッテルごと取り払っていこうという気概を『わたナギ』から感じていたので、“おじさんブーム”とくくられるとなんだか複雑な気持ちになっていました(笑)。いわゆる「イケメンとの恋」や「結婚して幸せになりました」みたいなラブストーリーだけではなく、家庭的な男性に心休まる女性という夫婦像があってもいいんじゃないかということを提案してくれた作品だと思いました。

Numoto:“おじさんブーム“は『半沢直樹』(TBS系)や『おじさんはカワイイものがお好き。』(読売テレビ・日本テレビ系)も人気があって、40代〜50代の俳優さんが活躍し、作品を牽引していましたよね。あとナギサさんが「お母さんになりたい」って言った時、泣けてきちゃうくらい心に響きました。“男の人がお母さんになりたいって思っちゃダメなんてことないんだよ”っていうメッセージが込められていて、描いていたものがすごく多かった気がします。メイちゃんのお仕事ドラマとしても、恋愛ドラマとしても、男女の役割について描いた部分においても、楽しめた人が多かったのではないでしょうか。家事の分担に関しても、夫婦で考えさせられた人は多いんじゃないかな。

佐藤:『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)も家事代行が出会いのきっかけになっている作品でしたけど、『逃げ恥』のときは男性が女性の家事代行を頼んでいたところに「贅沢だ」という声はあっても、世間体的にもあまり気にならなかっただろうと思います。でも『わたナギ』では男女が逆転しただけで、こんなに入り口の部分から騒がれちゃうんだとは思いました。最初はメイちゃんも「家政夫さんが来てるなんて言えない」って隠し通そうとドタバタしたシーンも、ドラマのアクセントにはなっていました。加えて、「仕事も家庭もしっかり」という、お母さんの呪いみたいなところも描かれていたのも、よかれと思ってしてきた言動が場合によっては毒親のようになる可能性にも気づかせてくれた部分がありました。

Numoto:毒親って表に出しにくい話題だったと思います。世間の目もまだ「親は尊敬するべき」みたいなところがあると思いますし。あとは男性の家政婦を女性が雇ったら、だらしなく見えてしまうんじゃないかっていうのを払拭したと思います。これらのテーマを、あの時間帯にテレビドラマでやったこと自体に意味があったと思います。

SYO:『わたナギ』は悪い人がいないドラマだと思っています。みんなが一生懸命やっていて、一瞬、悪い人に見えそうな人もいるけれど、ちゃんと過去が描かれるので納得できる。仕事でいっぱいいっぱいになって潰れてしまったナギサさんの部下のシーンも、シリアスな内容をちゃんと描いてくれるんだって思いました。

ーーメイを演じた多部未華子さんが魅力的でしたよね。

Numoto:多部ちゃんはとても一生懸命な等身大の20代後半の女性らしさがあって、すごく元気をもらえました。映画『夜のピクニック』とかで注目されて『デカワンコ』(日本テレビ系)でロリータの格好をしていた頃は、10年後にどんな芝居をするんだろうってまだ想像もついてなかったです。けど今は大人の女性として魅力的な役をたくさん演じていますよね。

SYO:多部さんは『ピース オブ ケイク』くらいから、「少女性」に依存しない役が増えてきましたよね。彼女の演技は、やっぱり共感性が高いですよね。一生懸命仕事を頑張っているってシーンが多かったし、後輩の面倒見がよくてすごくしっかりしているところもあって、多部さんが出ることで社会人としての言動がすごくしっくりくるというか。視聴者との距離感が適度に近い方だと思います。

Numoto:多部ちゃんが演じたメイちゃんは、あえてブランドものをたくさん身につけているんです。TASAKIのすごく高いパールのアクセサリーをしていたりとか、バッグもステラ マッカートニーでしたし。自分の力で稼いで、それを自分のために自由に使って、家のことも自分のお金で投資して家事代行を頼んでいて、「私は仕事を頑張るんだ」って自ら選択していることが、衣装からもわかりました。ごく普通のOLというよりは、キャリアにおいてかなり成功しているキャラクターだったようにも思います。それを上手く共感に落としこむことってすごく難しかったのではないかと思いますね。多部ちゃんだったからこそ、親しみやすさとか愛嬌とか、全部含めて成立したのかなって思います。多部ちゃんのナチュラルな魅力で、服やアクセサリーが可愛いことも話題になりましたよね。

佐藤:いわゆるこれまでのドラマではバリキャリ=強くて、完全無欠なイメージが多く描かれてきたように思いますが、多部さんの演じたメイはとてもナチュラルで、すごく今っぽいなと思いました。仕事では成果につながるであろう、ちょっぴり強引なところには、視聴者もナギサさんも「えー!?」と驚かされましたが、それでも愛らしさに繋がっていたのは、あの屈託のない笑顔と透明感があればこそではないかと。それに富田靖子さん演じる女性上司や眞栄田郷敦さん扮する新入社員とのフラットなやりとりもすごく魅力的で。仕事と女性の関係性は、ゆるキャリorバリキャリと白黒つけるだけじゃなくグラデーションがあるんだということを自然体で見せてくれたように思います。

ーーメイちゃんとナギサさんの結末については賛否両論の意見もあった気がします。

佐藤:年の差だったり、家事の分担だったりという点では、今の時代「ありあり!」と個人的には思いました。でも、家政夫だと思っていた男性が恋愛対象として見られるということに抵抗を感じる方がいるのは理解できるところではありました。それこそ、そういう視線がない「プロ」だと思って雇っていたはずなのに、となる方もいるかもしれないな、と。

Numoto:すごくわかります。最初ナギサさんは、それこそ「僕はプロだから」ってしきりに言っていて。下着も全然気にせず洗うし、そういう目で見ないよっていうスタンスをとっていたので、あの最後に引っかかる気持ちはわかります。

佐藤:現実的に、家政夫という職種がこれから広がっていくかもしれないことを考えると、そのあたりはまだまだ慎重さが必要なところかもしれませんね。でも、これはあくまでドラマなので「2人が幸せならいいじゃないか!」と思います(笑)。お似合いでしたしね。突拍子もない感じで走り回っちゃうメイちゃんに対して、ナギサさんがお母さんみたいになれるという感じが。最近のドラマでは、男女平等、パートナーは対等、夫だから妻だからってとらわれない、みたいな話が多かった中で、また新しい、“お母さんと娘”みたいなカップルもありかもって。それが大人数の人に受け入れられるかは別として、多様性ってそういうことかなって。いろいろな可能性をドラマで想像していくことが、現実の多様な考えを受け入れる土壌を作ると思うので、本人たちがいいならいいというのがベストなんじゃないかな。

Numoto:本当にそうですよね。結局、それがたまたまナギサさんが男性だったけれど、本当にお母さんみたいな年齢の女性でもいいわけだし。それこそ私たちが価値観を変えていかないといけない部分もあったと思いました。一方で、実際に年上の男性が年下の女性に対してアンフェアな態度で接している構図もないわけではないので、そこに対しての危機意識も忘れずに持っていたいなとは思いますね。

佐藤:それをドラマでポップに描いてくれたからこそ、逆にみんなで、「真剣に考えるとどう?」みたいな話ができるのかも。そこから、社会的な話もしやすい気がします。

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