千代に芽生えた演技への思い 『おちょやん』人生を決定づけた百合子との一期一会

 出会いは人生を変える。千代(杉咲花)にとって、それは高城百合子(井川遥)だった。『おちょやん』(NHK総合)第12話。川沿いにいた百合子を、千代は岡安に連れていく。

 ボロ布をまとっても隠しきれない女優オーラ。凛とした雰囲気がまぶしい百合子は、なにやらワケありな様子だ。子ども時代、鶴亀座で観た憧れの人は、しかし一言も発せず、頬杖をついてじっと外を見ている。ようやく口を開いた舞台外での第一声は、「おなかがすいちゃったんだけど、お食事まだかしら」。マツタケ料理に舌鼓を打ち、ぶどう酒を注文する百合子。「女優さんて、みんなこないなもんなんやろか?」。このまま行くと、千代は確実に女優という職業を誤解してしまうと心配になったところで、唐突に質問タイムがスタートする。

 「あなた、なんでお茶子さんになろうと思ったの?」(百合子)、「それしかあれへんかったんだす」(千代)、「本当は違うことがしたかったってこと?」(百合子)。千代にとって考えもしなかったことであり、思わず「高城さんは、なんで役者さんになろ思いはったんだす?」と百合子に聞き返す。「誰も頼る人がいなかったから、私は自分の力だけで生きていかなくちゃならなかったの」。千代と同じだ。「でも一番の理由は、そう言われたから」。「誰に」と問う千代に、百合子は「自分自身に」と答える。「自分の体の中から、そうしろ、そうしろっていう声が聞こえたの。わかる?」

 千代にはまだわからない。でも利発な千代は「今は辞めいう声が聞こえてんのだすか?」と、瞬時に頭を働かせる。実は、百合子は舞台から映画への転向を打診されており、女優としてのアイデンティティーが揺らいでいた時期。そんな時に千代と出会った。「私はただ、しようと思うことは、ぜひしなくちゃならないと思ってるばかりだす!」。『人形の家』の台本を見せて目を輝かせる千代。舞台の上で自分が魂を込めた言葉が、一人のお茶子の中で息づいていることを目の当たりにして、百合子は「神聖な義務」を思い出す。

 イプセン作『人形の家』は、一人の女性が自分自身に目覚める物語だ。井川は、百合子について「この時代に女性が社会進出をして芝居の道に進むのはいばらの道だったと思いますが、力強く切り開いていく新しい女性です」と語っている(参考:井川遥、『おちょやん』百合子役を語る 3作目の朝ドラ出演に「必ず役名で呼ばれるのもうれしい」)。女優として道なき道を歩んできた百合子の姿は、『人形の家』のノラに通じる。

 お茶屋の2階で繰り広げられた一期一会。しかし、それで十分だった。去り際、百合子は千代に芝居をやってみるように勧める。「一生一回、自分が本当にやりたいこと、やるべきよ」。後から振り返って、この時だったと思う出会い。演じることの真髄に触れ、千代の中に女優への思いが芽生えた。ただし、本人はまだそのことに気付いてない。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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