『エール』というタイトルは運命的なものだった チーフ演出・吉田照幸に聞く最終週の意図
NHK連続テレビ小説『エール』が最終週に入った。音楽家・古関裕而をモデルにした本作は、第1話に1964年の東京オリンピック開会式を持ってきたように、今年実施される予定だった東京オリンピック2020を意識したものだったことは間違いないだろう。しかし、誰もが予期しなかった新型コロナウイルスの感染拡大により、主要キャストの1人であった志村けんさんが逝去、東京オリンピックは延期、作品は2カ月の撮影中断・放送休止を余儀なくされた。
異例の事態が続いた作品であったが、その逆境を跳ね返すように、“戦争映画のよう”と評された第18週「戦場の歌」では多くの視聴者を釘付けにし、放送再開後はタイトルの通り“エール”を届ける物語を展開してきた。そして、前代未聞となるのが最終回が本編から離れた“コンサート”になるということ。100作以上続いている朝ドラの中でも屈指のイレギュラーな作品となった本作。チーフ演出の吉田照幸氏は、最終週について次のように語る。
古関裕而さんへの感謝
※発表されている情報ですが、一部ネタバレを含みます。
「放送休止により当初の予定よりも10回分が短縮されましたが、お話が長ければいいというわけではありません。もっとゆっくりじっくり描いてほしいという方もいると思うのですが、それはこれまでの作品でもやっているので、『エール』で同じことをしなくてもいいのかなと。最終週では第1話で描いた東京オリンピックの開会式が描かれます。そこに繋げるために、オリンピックがどんな形で実施されて、どんな形で裕一(窪田正孝)が『オリンピック・マーチ』を作曲するのか、その過程をじっくり描く方法もありました。ただ大事なのは、オリンピックという存在が当時の国民にとってどんなものだったのか、裕一にとってはどんな仕事だったのか、その点をしっかり伝えれば、展開が早くても決して無理はないだろうと考えました。当然、東京オリンピックが今年実施されていれば、描き方も大きく変わっていたとは思います。
本作は古関裕而さんをモデルにした物語ということもあり、どこかの回で歌を中心にした回を入れたいとは思っていたんです。でも、本編途中でやってしまうと流石に違和感がある。それなら、最後の最後にコンサートをやるのはどうかなと。初回が原始時代から始まったドラマですから、何をやってもおかしくないというところもありました(笑)。最後に古関裕而さんへの感謝の意味も込めて『エール』にしかできない最終回にできればと思いました。また、『エール』にはミュージカル界で活躍されている方をはじめ、たくさんの歌える役者さんが揃っていました。本編では堀内敬子さんや吉原光夫さんに歌う機会がなかったことも心残りでもありました。僕自身も元々は『紅白歌合戦』などの音楽番組を担当していた経験もあったので、やらない手段はないだろうと。出演者の皆さんも心から楽しんでコンサートに臨んでくれました」
最終回のコンサート回も通常の放送と変わらない15分の放送。それでも古関裕而楽曲の魅力が詰め込まれていると同時に、出演者たちの美声を堪能できる内容に仕上がっている。音楽番組を多数手がけてきた吉田氏だが、岩城役の吉原光夫の歌声に圧倒されたと振り返る。
「とにかく度肝を抜かれたのは吉原さんです。歌番組で著名な方々の歌声を聴いてきましたが、現場で言葉にできない感情を抱いたのは吉原さんの歌声が初めてでした。歌が上手い、という言葉では片付けられない、思わず笑ってしまうぐらい唖然としてしまったといいますか。吉原さんが歌う『イヨマンテの夜』はとんでもないので楽しみにしていただければと。また、最後を締めくくる『長崎の鐘』は、二階堂(ふみ)さんに歌っていただきました。歌手ではなく、クランクイン当初は歌唱シーンにも苦労していましたが、1年間かけて本当に上手くなりました。二階堂さんが練習を積み重ね続けてきたことが伝わります。撮影チームには『紅白歌合戦』を担当しているスタッフも入っており、本当に歌番組さながらのスムーズな形で撮影できました」