『麒麟がくる』光秀を“真っ直ぐ”描くことで際立つ戦国の無情さ 新章突入でいよいよ“本番”へ

 光秀と麒麟の関係のほかに、『麒麟がくる』で特徴的なのは光秀が女性たちの気持ちに寄り添って、彼女たちに信頼されていることである。

 最初の上司である道三の娘・帰蝶(川口春奈)は光秀をほのかに想いながら信長のもとに嫁ぐ。勇敢で懐の大きな彼女によって信長は能力を遺憾なく発揮するうえ、その都度、帰蝶は光秀にも便宜を図っている。今後、信長と光秀が進む道に帰蝶がどのように関わってくるかは楽しみどころのひとつになるだろう。

 ドラマのオリジナルキャラ・駒(門脇麦)は幼い頃、光秀の父に火事から助けられ、そののち、光秀と運命的な出会いをする。光秀が平らかな世を求める理由のひとつは、駒をはじめとした庶民たちの人生を知っているからだ。とかく、上に立つ人たちは一般市民の現状を知らない。けれど光秀は己の足で、目で、庶民の暮らしぶりを知っていく。

 もうひとり、幼い駒を育てた旅芸人の伊呂波太夫(尾野真千子)も、光秀に未知なる視点を与える。伊呂波は万能キャラで、孤児で旅芸人という流浪の民ながら、一時期、関白・近衛家で育ったため公家とのつながりまであるのだ。上から下まですべてとつながり情報やらお金やらあらゆるものを動かしていく。こういう万能な人物はドラマならではでとても魅力的。

 第29回では、伊呂波がかつて少年時代の正親町帝に出会っていて彼の優しさに触れたことから、帝を守りたいという純粋な想いを抱いていることが明かされる。本来、最も大事にされないといけない帝が御所の塀も直せないほど困窮し、幕府や武将たちが私利私欲のために暗躍している醜い世界を変えたいと願う伊呂波に共感する光秀。駒が夢見る「麒麟」、伊呂波が大事にする「帝」。ふたつの共通点は、希望の象徴とでも言おうか。

 現代的な視点だと、この世に“絶対”というものはなく、善悪や白黒は移り変わり曖昧なもの。とりわけ近年、そういう観点がドラマや映画でも好まれてきた。『麒麟がくる』では「世の中は醜いか美しいかどちらかだと」と伊呂波に言わせ(第27回)、美しいものを守るという真っ直ぐな考えを提示する。この時代、そういう考えが存在していたのだということを現代性に流れることなく描くことで、それが滅びていく無常さが際立つ。着々とカウントダウンの布石が打たれている。それを観ていく悦びはまるで、中国の漢詩にありそうな、しみじみゆっくり、夢見るように飲む美酒のようである。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■放送情報
大河ドラマ『麒麟がくる』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送
BSプレミアムにて、毎週日曜18:00〜放送
BS4Kにて、毎週日曜9:00〜放送
主演:長谷川博己
作:池端俊策
語り:市川海老蔵
音楽:ジョン・グラム
制作統括:落合将、藤並英樹
プロデューサー:中野亮平
演出:大原拓、一色隆司、佐々木善春、深川貴志
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/kirin/
公式Twitter:@nhk_kirin

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