『映画クレヨンしんちゃん』の可能性を拡張!? 『ラクガキングダム』が描く初期衝動

 こういった初期衝動としての落書きを重視して描き出した今作からは、アニメ制作で大切なものを教えてくれる。どうしても映像の美しさなどの技術的な部分が評価の対象になりがちであるが、自由で楽しい、絵が動き回る、それだけでアニメは面白いということを訴えかけているのだ。それらは自由度が高い『クレヨンしんちゃん』の映画シリーズだからこそ表現できることであり、また子どもたちにも知ってほしいポイントだ。

 現代では時代の流れもあり、住宅街であってもチョークなどを用いて道路や壁に書かれた落書きを見る機会も減った。その代わりに、タブレットやスマートフォンなどのデジタル機器で遊ぶ子どもたちが増えており、時代と機器の進歩は映画内でも描かれている。これはデジタル化の波により、紙に書くアニメーターが徐々に減ってきているというアニメ業界の時代の変化を捉えているという解釈も可能だろう。一方で、タブレットに書くことになろうとも、初期衝動や楽しいという感覚は時代を越えて変わらないことも示している。

 若干、キャラクター数が多すぎるような印象も受けたものの、シングルマザーの家庭を出すなどの現代の家族像を描き出すことも忘れていないのもポイントとなる。また子どもたちへのメッセージとして、ラストの盛り上がりの流れが大きな印象に残った。特定の敵や意見の異なる者を排除する物語ではなく、誰かの正義に加担することなく、皆が皆、様々な考えのもとに行動し、一致団結して危機を救っていく。これは勧善懲悪に頼らない、現代の様々な立場の人々がいることに配慮した見事な作劇だ。

 今作の登場により、『映画クレヨンしんちゃん』の魅力や可能性は、また1つ広がったのではないだろうか。まさにクレヨンしんちゃん映画こそ、初期衝動に満ちた“自由で楽しく誰もが笑いあえるラクガキングダム”の名にふさわしいシリーズだと高らかに宣言するかのような作品だった。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame

■公開情報
『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』
公開中
声の出演:小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ、神谷浩史
声の特別出演:山田裕貴、りんごちゃん
ラクガキ応援大使:きゃりーぱみゅぱみゅ
原作:臼井儀人(らくだ社)/『月刊まんがタウン』(双葉社)連載中
監督:京極尚彦
脚本:高田亮、京極尚彦
製作:シンエイ動画・テレビ朝日・ADK エモーションズ・双葉社
配給:東宝
(c)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2020
公式サイト: http://www.shinchan-movie.com/

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