『もののけ姫』を映画館で“再体験”する醍醐味 スクリーンでこそ気付く静かなシーンの魅力
今回、劇場で鑑賞して目についたのが、静かなシーンの魅力だ。その一例がアシタカの身につけている華美な装飾品を挙げたい。ジコ坊と初めて出会う市のシーンでは、多くの人々がそこまで綺麗といえない服装をしている中で、アシタカの衣装は明らかに目を引くものとなっている。また食事シーンで出す赤い茶碗はジコ坊のセリフでも「雅な茶碗だ」と説明されているが、そのセリフがなくとも伝わるほどに美しく印象に残るものだ。エミシの一族の文化や風習が大和朝廷の文化と比べても、全く劣らないどころか、さらに豊かなものであったことが美術からも強調されていた。これらのシーンはテレビで何度も観ていたはずだったが、より鮮明な色合いと大きな画面の映画館だからこそ目に付く発見と言えるだろう。
また、無音の中で姿を表すシシ神の登場シーンは、その神々しさに溢れており他のキャラクターを圧倒していた。自宅での鑑賞の場合は生活音などが入り込んでしまうものだが、静寂に包まれることで神聖ななにかが来るということがより伝わる。シシ神がデイダラボッチとなった姿はスタジオジブリ作品としては初めてCGが使われているが、それまでの手で描かれたセル画とは質感などが異なることで、さらに異質な感覚を宿しており、初めて導入した技術の特性を活かした作品作りに圧倒される。
『もののけ姫』は一部デジタルが使われているものの、ほとんどがセル画で制作されているジブリ最後のセル画アニメだ。アニメなので当然ながら1枚1枚全て絵として描かれているが、そのことを忘れてしまうくらいに激しく動き回り、いわゆる止め絵のシーンがほとんどない。これでデジタル環境にあまり頼っておらず、絵の具などを活用して制作されていると思うと、今から考えても驚異的な作品だろう。世界規模においてもセル画アニメの最高峰の作品であり、歴史的な作品であることは疑いようがない。
新作映画の多くが公開延期になるなどの残念なことが相次いだ上での措置だが、できれば他の作品も劇場で観たいと言いたくなってしまう人も多いだろう。スタジオジブリ設立から35年が過ぎ、幼少の頃から観ていた世代も40代を超えているが、親子で観ても全く色あせずに誰もが見入ってしまう作品が劇場で観られる機会はそうそうないだけに、ぜひともこの機会に鑑賞して映画本来の魅力を楽しんでほしい。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。
@monogatarukame
■公開情報
『もののけ姫』
公開中
原作・脚本・監督:宮崎駿
プロデューサー:鈴木敏夫
音楽:久石譲
主題歌:米良美一
声の出演:松田洋治、石田ゆり子、田中裕子、小林薫、西村雅彦、上條恒彦、美輪明宏、森 光子、森繁久彌
(c)1997 Studio Ghibli・ND