『エール』柴咲コウ×金子ノブアキの切なく辛い恋 オムニバス週で浮かび上がったそれぞれの人生

 やはり環の人生は音の人生と重なるところがある。どちらも歌手を志ざし、その道の途中で嗣人と裕一(窪田正孝)、共に才能ある男性と恋に落ちた。さらに理由は違えど、2人とも“夢”か、友人や家族、恋人と平凡に暮らせる“日常”の2択を迫られている。しかし、環はいずれかを選択し、音はどちらも諦めずに両方手に入れようとした。そんな音を“傲慢だ”という人もいたが、妊娠して『椿姫』を降板しても「夢も子供も、夫婦2人で育てていきます」と真っ直ぐ前を向く音の姿に、環は動揺していたように思えた。けれど、カフェの店主が別れを選んだ環に「自分に嘘をつくことが最大の罪だ。それでいい、それが君の人生だ」と言ったように、2人の選択はどちらも間違ってはいない。才能がゆえに人から距離を置かれ、たった一人孤独に夢を追いかけてきたからこそ、環は現在の地位に登りつめたのだから。

 そして、環と別れた嗣人はカフェで無事に個展を開く。以前の個展で嗣人の絵を酷評した批評家のピエール(フローラン・ダバディ)から「この絵が描けるなら、まだ将来はあると思う」と褒められた絵は、着物を着て歌う環の姿だった。

 そんな嗣人を見て、第57話で人間界に戻ってきた音の父・安隆(光石研)が三女の梅(森七菜)に言った「負けを受け入れるから人は成長したり、違うことに挑戦できる」という台詞が浮かぶ。天才画家と言われながら、最初はどこか絵に執着していないように見えていた嗣人だが、環に出会い、才能の違いを見せつけられたことで変わったように思える。きっとその経験が、これからの嗣人を一流の芸術家として成長させるのだろう。

 故人の安隆と残された家族、カフェ「バンブー」の店主・保(野間口徹)とその妻である恵(仲里依紗)、オペラ歌手環と元恋人の嗣人……普通ならば見逃されてしまう物語。本編は音と裕一の物語だが、登場する人物ひとり一人に隠された過去や想いがある。それを丁寧に描くのは、これまでも裕一や音を支える人物をしっかりと映し出してきた『エール』ならではだと感じた。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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