森山直太朗、柴咲コウ、古川雄大 朝ドラ『エール』における師としての在り方

 御手洗の指導も奏功して東京帝国音楽学校声楽科へ入学した音を待っていたのは憧れの人との再会だった。世界的なオペラ歌手である双浦環(柴咲コウ)が記念公演の審査と指導を担当することになり、音は環と急接近する。音にとっての環はプロになるための関門と言える存在だ。環は音の課題を率直に指摘し具体的なアドバイスを授ける。1人の生徒に対して何のハンディキャップも設けずに接する環の姿は、それ自体が超一流の証とも言えるが、根底に音楽への並々ならぬ愛情があることは間違いない。

 環の言葉の端々には、プロとして激烈な競争を生き抜く覚悟が滲んでいる。第49話では、妊娠した音に対して「プロってね。たとえ子どもが死にそうになっていても舞台に立つ人間のことを言うのよ」と問いただすのだが、そこに悪意はまったくない。環自身も現在の地位に至るまでに犠牲にしてきたものがあったに違いなく、音にもこれから起こることの大変さを示しているのだ。それに対して音が裕一とともに出した答えは、誰も犠牲にせず、夢も諦めないという決意だった。

 図らずも音の壁になってしまった環だが、環がいることで裕一と音の絆は深まった。裕一の楽譜を突き返した小山田耕三(志村けん)もそうだが、才能を認めるがゆえの厳しさを全身で体現するキャラクターは、主人公を成長させる物語に欠かせない存在だ。小山田に冷たくあしらわれた裕一が「紺碧の空」を作曲したように、音も環という目標を意識しながら自分にしかできない音楽を追求していくのだろう。

 個性豊かな恩師の存在は、物語を次のステージに導き、帰るべき場所と人間としてのあり方を見つめるよすがとなる。彼らの存在そのものが、困難な時代を生きる主人公にとってのエールでもあるのだ。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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