歴史から抹消された暴動、ヒーローがマスクをする理由 『ウォッチメン』が照射する「現在」

 全9エピソード、一瞬もテンションが途切れることなく次から次へと謎が提示され、折り返しとなるエピソード5以降はその謎を猛スピードで回収しながらも、まったく予測不可能なさらなる展開の果てに見事な着地をみせるテレビシリーズ『ウォッチメン』。特に終盤のエピソード6、エピソード7、エピソード8は、それぞれが1本の優れた長編映画に比するような大きなテーマと鮮やかな語り口に圧倒されるしかないのだが、中でもエピソード6「この尋常ならざる存在」は、我々が慣れ親しんできた「スーパーヒーロー作品」そのものを再定義してしまう、トラウマ級の傑作エピソードとして視聴者の記憶に永遠に残るだろう。

 テレビシリーズ『ウォッチメン』の主人公がレジーナ・キング演じるアンジェラ・エイバー/シスター・ナイトであることは間違いないが、そのシスター・ナイトを含め、そもそも本作ではシリーズを通じてスーパーヒーローがスーパーヒーローらしいアクションで敵と戦うようなシーンはほとんどない。そうしたスーパーヒーローという存在そのものへの批評的視点はアラン・ムーアの原作を引き継いだものだが、アンジェラが薬物の作用によって「過去のある人物」の体験を身をもって再体験することになるエピソード6「この尋常ならざる存在」では、「スーパーヒーローがマスクをする理由」としてこれまで我々がずっと信じ込んできた「自分の正体を隠すため」という理由の向こう側にある、もう一つの真実にまで踏み込んでいく。

 日本よりも熾烈なパンデミックの渦中にあるアメリカにおいても、多くの黒人市民はマスクをすることに躊躇している(顔を隠していると白人の警察や店主に疑われる恐れがあるため)という報道(参考:米CDBのマスク着用勧告、非白人からは抵抗感も|CNN.co.jp)がされてきた一方で、ジョージ・フロイド氏死亡事件に端を発する大規模デモに紛れ込んで、全身黒ずくめの黒いマスクをした白人たちが世界各地で暗躍している、まるでフィクションの世界に紛れ込んでしまったような2020年の初夏。突出したアート作品は時に「現在」を激しく照射する。テレビシリーズ『ウォッチメン』が描いているのは、もはやただの並行世界ではない。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「装苑」「GLOW」「キネマ旬報」「メルカリマガジン」などで批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter

■リリース情報
『ウォッチメン』
デジタル配信中(字幕/吹替)※R15
ブルーレイ・DVD発売中、DVDレンタル中(字幕/吹替)※R18

ブルーレイ コンプリート・ボックス:13,000円(税込)
DVD コンプリート・ボックス:11,000円(税込)

DVDレンタル Vol.1~Vol.5(各2話収録/全9話/各話約55分)※Vol.5は1話のみ収録

<映像特典>※約100分
・キャラクター紹介(オジマンディアス/ルッキングラス/シスター・ナイト)
・イカの雨の舞台裏
・『ウォッチメン』:マスクを被ったヒーローと悪役たち
・コミコン2019
・シスター・ナイトの魅力
・『ウォッチメン』:世界観と視覚効果
・ウォッチメンの正体
・監督アンドリー・パレークが語る
・ルッキングラスの地下室
・アクション・シーンの分析
・フーデッド・ジャスティス:不滅の覆面ヒーロー
・エイドリアン・ヴェイト:『世界一賢い男』の影響
・デイブ・ギボンズが描く『ウォッチメン』
・ロールシャッハの覆面
・サディークア・バイナムが語るシスター・ナイトのスタント・シーン

※ブルーレイ・DVD(セル・レンタル)は本国放送の映像(無修正版)を収録
※ブルーレイ・DVD コンプリート・ボックスは3枚組
※ジャケット写真などは予告無く変更する場合あり

製作総指揮:デイモン・リンデロフほか
出演:レジーナ・キング、ドン・ジョンソン、ティム・ブレイク・ネルソン、ルイス・ゴセット・Jr.、ジェレミー・アイアンズ
発売・販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
WATCHMEN and all related characters and elements are trademarks of and (c)DC. (c)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. (c)2020 Home Box Office, Inc.
公式サイト:https://warnerbros.co.jp/tv/watchmen/

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